ひどく気まずい。

 と顔を合わせるのに尻込みしてしまう。

 どうして、自分の心に気づいてしまったのだろうか?

 気づかなければ、良かったのに。

 キツく眉根を寄せる。

「旦那様、どうかしたのですか?」

 静蘭が訝しげに尋ねてくる。

「何でもないよ」

 さらりと嘘を吐くのは昔からの癖のようなもので、今では得意になってしまった。

「あの、旦那様」

「何だい?」

と何かありましたか?」

「え?」

 静蘭の不意打ちに、一瞬思考が停止する。

「旦那様?」

「あ、ああ、別に何でもないよ。どうして、そんなことを聞くんだい?」

 勤めて平気そうな表情で聞く。

 一体、何故静蘭はそんなことを言ってきたのだろう。

 ジワリと(てのひら)に汗を掻く。

「今日の旦那様の様子がおかしいようなので」

 態度には出してないつもりだったのに、どこで見破られたのだろうか?

 邵可は内心首を捻る。

 それとも、隠せないほど思いが募っているのだろうか。

 視線を台所へ向ける。

 静蘭が気づいたということは、もしかして、も気づいているのだろうか?

 ど、どどどどどどうしよう!

 頭の中はパニックになる。

 と邵可の年の差は十七。

 一回り以上も歳が離れている男に好かれていると知ったら……。

「気持ち悪いです」

 眉を顰め、嫌悪感を含んだ眼差しで見られたら生きていけない。

 仮にも、使用人として一緒の邸にいるのだ。

「旦那様が私のことをそのような目で見ていらしたなんて」

 ふるふると睫毛を震わせ、邵可からたっぷりと距離を取る。

「今日限りでお(いとま)させていただきます」

 咄嗟に邵可の手が伸びると、小気味良い音をさせて叩かれる。

「触らないで下さい! 汚らわしい。それでは、失礼します」

 踵を返して、一度も振り返らないまま走り去ってしまう。

「……ま。旦那様!」

 静蘭の声で我に返る。

「え?」

 あ、今のは自分の想像か。

 あまりにもリアルに視えてしまって、現実じゃないと言っても心臓がドキドキいってしまう。

「大丈夫ですか? 顔が真っ青ですよ」

「あ、ああ、大丈夫だよ」

「やはり、何かあったんじゃ……」

「いやいや、何でもないよ」

 口が裂けても、想像してたことなんて言えない。

 絶対に静蘭に引かれてしまう。

 そもそも、はそんなこと言わないだろう。

 分かっているはずなのに怖い。

 想像は止まらない。

 邵可は、正直の心が恐ろしい。

 妻のときとは違い、強引には出られない。

 根源にあるのは大叔母様。

 ふとした拍子に二人は重なるのだ。

 そもそも、大叔母様を殺したのは邵可自身だ。

 大好きだったのに殺した。

 大好きだからこそ殺した。

 今でも大叔母様の墓前にだけは行けない。

 玉環大叔母様の墓前には行けるのに。

「旦那様?」

「ん? あ、そろそろ、ご飯の時間みたいだね」

「はい」

「今日の夕飯は何だろうね?」

 タイミング良く秀麗とが入ってくる。

 背筋が真っ直ぐに伸び、やや小さめの歩幅。

 音がしない歩き方は、本当にそっくりだ。

 だからこそ、恐ろしくてたまらない。

 大叔母様を手にかけたとき、初めて彼女に負の感情を向けられた。

 目に宿った憎悪は忘れられない。

 あのような目で見られたら……思考を放棄する。

 の心なんて知りたくない。



  



2008.7.30