ひどく気まずい。 あの子と顔を合わせるのが辛くて堪らない。 どうして、自分の想いになど気づいてしまったのだろうか? 気づかなければ、楽だったのに。 ため息を吐く。 「、どうしたの?」 野菜を切る手が止まってしまって、秀麗が訝しげに尋ねる。 「何でもありませんよ」 努めて明るい声色を出し、野菜を切り始める。 「あのね、」 「はい、何でしょうか?」 「は父様のこと、どう思ってるの?」 「はい?」 思いもよらない秀麗の言葉に、一瞬思考が停止する。 私が、あの子のことを……。 「い、いき、いきなり、どうしたのですか?」 秀麗は恋愛ごとについては鈍かったはずだ。 なのに、こんなこと、急に言い出すなんておかしい。 「あのね、桂々のお父さんが再婚したの」 そう言えば、と思い出した。 近所に住んでいる桂々は、秀麗と仲が良い子だ。 二人の境遇も似ている。 秀麗と同じように、桂々の母親も早くに亡くなった。 愛妻家であった桂々の父親は、他人に薦められても頑なに再婚をしなかったのに、ついに先日新しい妻を迎えた。 奥さんの方が桂々の父親を慕っていて、前から何かと世話を焼いてくれていたらしい。 それに絆されて、と言うのが、近所の奥様方の見解だ。 婚姻前から家に出入りしていたので、桂々自身も懐いていたから問題もなく昔から家族だったように馴染んでいる。 それを、時々羨ましそうに秀麗が眺めているのは知っていた。 最近、桂々の話を口に出さなくなってきているのも気づいていた。 「お嬢様は、奥様が恋しいのですか?」 「ううん」 頭を振る。 「ぼんやりとしか、母様を覚えてないから、よく分からない」 秀麗の言葉に何かが引っかかった。 それが、何かは分からなかったので、今は頭の隅に追いやる。 「では、母親が欲しいのですか?」 ビクリと秀麗の体が震える。 「……は何でも分かっちゃうのね。私、桂々が羨ましい」 「桂々さんが?」 「うん。桂々、最近、お母さんのことばかり話すから」 表情が暗くなる。 「お寂しいのですか?」 私の言葉に秀麗はパッと顔を上げる。 「そんなことない! だって、私には父様がいる。静蘭ももいるもの」 ジッと秀麗の瞳を見る。 真っ直ぐに見つめると、見上げてくる瞳が揺れる。 黒い瞳から涙が一粒零れ落ちた。 「が父様を好きだったら、ずっと一緒にいられるって思ったの」 女は嫁ぐもの。 だから、ずっとはこの屋敷にいない。 秀麗は小さいながらも敏感に感じ取っていたようだ。 ――でも。 「どうして、私が旦那様を好きだったら、一緒にいられると思ったのですか?」 「だって、父様はのこと好きでしょ? も父様を好きだったら両思いよ」 手を叩き、無邪気に笑う。 あの子が私のことを好き? そんなわけがない。 いつだって、あの子の中には薔君がいる。 見たことも会ったこともない女性。 それでも、私は知っている。 あの子は生きていたときも、死んでしまってからも薔君を愛している。 深い思いは小説に書かれていたし、彼女が亡くなってからの有様は酷かった。 あの子が薔君以外の女性を妻にするだなんてありえない。 ……ありえないよ。 私なんて眼中にあるはずもない。 恋愛対象になど見ていない。 使用人かよくて従兄妹だろう。 私の好きとあの子の好きは違いすぎる。 「お嬢様」 強い口調で秀麗を呼ぶ。 「何?」 「私はただの使用人です。どんなに身近にいても、私と旦那様とでは釣り合いません」 「!」 「……さ、菜を再開しましょう。旦那様や静蘭さんがお腹を空かせて待ってますよ」 これ以上、何も言わないでほしい。 あの子が私のことをどう思っているか想像するのは怖い。 答えは分かりきっているもの。 家族のような使用人として、血の繋がりのある従兄妹として、あの子は私のことを好きだろう。 まさか、嫌いだなんてこと……もう、何も考えたくない。 前 始 次 2008.7.10 |