「ねえ、父様。父様って好きな人いないの?」 思いもよらない愛娘の一言に、邵可は飲んでいたお茶を盛大に噴出してしまった。 「ど、どうしたんだい? 突然」 「ほら、父様って母様が死んでから一人じゃない。寂しくないのかなって」 そう言えば、近所で再婚した人がいたことを思い出す。 もしかして、秀麗は『お母さん』が欲しいのだろうか? 「あのね、私のことなら気にしなくてもいいよ。好きな人ができたら結婚してね」 「秀麗」 「大丈夫! 父様が選んだ人なら良い人よ」 立ち上がり駆け出していく。 「……新しい母様はがいいな」 ポツリと言った言葉はバッチリと邵可に届いていた。 星。 邵可の家の家人であり、従妹でもある。 自分と同じ真っ直ぐな黒髪に小柄な体躯。 柔らかで控えめな口調に気品ある仕草。 他人を思い優しくて心が広い。 誰よりも強い人。 ――そして、誰よりも大叔母様に似ている人。 。 今でも名を口にするだけで胸が痛む。 だが、彼女に「邵可兄様」と呼ばれたときのことを思い出すと、心が躍る気持ちになってくる。 まるで、初めて亡き妻に会ったときのような……。 そう思ってしまって笑う。 何を馬鹿なことを。 は自分よりもずっと年下だ。 もっと他に良い男が似合うだろう。 例えば、静蘭のような。 静蘭は家人とはいえ、王族である。 方やも家人とはいえ、紅家直系の人間。 つりあいは取れている。 年も自分よりは離れていないし。 想像して胸が痛んだ。 何故痛むんだと考えて、イラついている自分に気づく。 どうして、自分はこんなにも心を乱されている? おかしい、おかしい。 頭に手を当てさらに考える。 右手が髪に触る。 ぎこちなく撫でてくれた小さな手を思い出す。 みっともないくらいに泣き、小さな子に縋りつくように抱きついた邵可を拒むこともなく落ち着くまで好きにさせていた。 本当は自分が慰めるはずだったのに、気づけば立場が逆になっていた。 そう、邵可は無意識のうちにに甘えていた。 自分の方が年上のはずなのに、彼女に守られている。 守りたいのに、の前だと子どもになってしまう。 格好悪いと後で後悔してもやめられない。 妙に心地良いのだ。 子どものように思っている静蘭でも、が笑いかけるのが嫌だ。 二人が抱き合うのも嫌だし、触れているのも嫌だ。 嫌なことばかりだ。 「父様って好きな人いないの?」 娘の言葉が纏わり付く。 好きな人。 のことは好きだ。 秀麗が好きだ、静蘭が好きだ、弟たちが好きだ。 分かっている。 秀麗が聞いている『好きな人』は愛しい人だと。 邵可の脳裏に薔薇姫が浮かぶ前に、が出てきた。 亡き妻に対する裏切りと同時に、に対する申し訳なさが心を占めた。 はあまりにも大叔母様に似すぎている。 玉環大叔母様と共に殺した大好きな大叔母様。 好きだと自覚するなんて許されない。 と、思考が止まる。 好きだと自覚……なんて考えること事態認めていた。 私は、が好き、なんだ。 ああ、何てことだ。 仰向けに寝転がる。 開いたままの戸から見えた空は、邵可の心の中とは違い青く澄み切っていた。 自覚なんてしたくなかった。 ため息を吐いて、邵可は目を閉じた。 前 始 次 2008.6.1 |