「ねえ、。貴女、好きな人がいますか?」

 ほうっとどこか宙を眺め、は突然そんなことを言ってきた。

「どうしたの? 突然」

「うふふふふふ。私たちもそろそろいい歳じゃありませんか。ですから、気になります」

 いい歳と言っても、まだ十四歳なんだけど。

 心の中で突っ込みを入れつつ、くらい良いところのお嬢様だと、婚約しててもおかしくない年頃だと世界の違いを思い出した。

はどうなのですか?」

 昔から一人の人のことを一途に思っていたけど、発展したのかな?

 やはり、私も女。

 人の恋バナは大好きなのだ。

「私ですか? 恥ずかしくて、お声をかけることもできません。ただ、あの方を遠くから見ているだけ」

 ポッと頬を染める。

 を夢中にさせるなんて、どんな人物なのだろう。

 少し興味が湧く。

「ねえ、。貴女はどんな方が好きなの?」

 私の好きな人。

 フッと浮かんだ顔に首を振る。

 ありえない。

 彼が『好きな人』なんてありえない。

 私のタイプは彼とは全く違う人間なんだから。

 そう、違うの。

 気を取り直して口を開く。

「普通の人ですわ」

 私の言葉にが首を傾げる。

「普通の方、ですか?」

「頭も良すぎず、剣の腕もそこそこ。出世などしなくても良いので、路頭に迷わない程度の稼ぎがあれば十分ですわ。何よりも、わたくしを一番に想ってくだされば」

 あの子は、私を一番には想えない。

 秀麗が大事で、静蘭を気にかけ、凶手にしてしまった珠翠を心の中に置き、弟たちを見守り、何よりも薔君のことを忘れない。

 紅家らしい非情な面を持っていつつ、あの子は優しすぎる。

 全てを捨てきれない。

 私のことを一番になんて……。

 はたっと気づく。

 どうして、自分はこんなにも言い訳を並べているのだろうか?

「まあ、は欲がないのですね」

 感心したように手を叩くに答えず、曖昧に笑っておく。

 も追求はしてこず、談笑をして彼女の家を出た。

 足取りは重い。

 帰りたくないのかもしれない。

 が急にあんなことを言い出したから、あの子と顔を突き合わせるのが怖い。

「好きな人がいますか?」

 先ほどの言葉が頭の中でグルグルと回る。

 浮かぶ男の人はたった一人だけ。

 あの子……紅邵可。

 仕えている主で、肉体的に従兄であり、精神的に甥っ子の子でもある。

――私達を殺した人。

 あのときの恐怖を、絶望を忘れない。

 憎しみと恐ろしさの中にも、不思議なことに守ってやらなければならないという使命感がある。

 技術的にも精神的にも強いだろうあの子に対して思いは、主だからだろうか?

 それとも、従兄だから?

 はたまた、甥っ子の子だから?

 でも、あの子は私の最も大事な妹を奪った。

 仮にも血縁者である大叔母を殺したのだ。

 今でも、夢に見る。

 あの日の惨事を。

 だから、私があの子を好きだなんてことはあってはいけない。

 いけない、と戒めようとして我に返る。

 好きだなんてこと、何て言ってる時点で好きなんじゃないか。

 一気に頬が赤くなる。

 同時に、ストンと心の中に入っていく。

 好きだからこそ、守りたいと思ったのだ。

 好きだからこそ、想いを否定しようと思ったのだ。

 ズルズルと地面にしゃがみ込む。

 最悪だ。

 こんなの酷すぎる。

 あの子を好きだなんて、玉環は許してはくれない。

 静蘭に声をかけられるまで、暗い雰囲気で地面に座り込んでいた。



  

2008.5.2
修正2008.12.27