天気が良いので、ついついいつもよりも演奏時間が長くなってしまった。 集まってきた人たちにお辞儀をして、帰り支度をしていると、明らかに平民ではない少女が輪の中にいた。 美しい装飾品を身につけ、歩くたびにシャラシャラと音が鳴る。 注目を浴びても動じない姿と、姿勢の良い歩き方に貴族の娘だと確信する。 何を思ったか美少女が人を掻き分けて近づいてくる。 お金を払う様子ではないので、不思議に思っていると、ついに私の前までたどり着いた。 「貴女、私のものになってください」 涼やかな声で美少女さんはそう宣った。 「はい?」 「さ、行きますよ」 パンと美少女が手を叩くと、使用人らしき人たちが私を彼女のだと思われる豪奢な軒に放り込んだ。 あれ? 何かこの展開、覚えあるよ。 「出してください」 呆然とする私をよそに、美少女は使用人たちに命じる。 ようやく、ピンと来た。 これって、一年前の黎深のときと似ている。 まさか、紅家の人間には見えないし、一体誰だろう? 相手が知らない人だから、前のときよりも余計構えてしまう。 こんなことなら、護身術習っておけば良かった。 後悔するも、私の運動神経では習得できないかもしれない。 何とか一人で脱出しなきゃ。 とにかく様子を見ようと、とりあえずは美少女を観察してみる。 この顔立ち、 どこでだったかな? 記憶を手繰っても、なかなか出てこない。 軒に揺られること一刻ほど、ようやく邸に着いた。 豪奢な邸だが、下品ではなく品がある。 「さ、こちらに来てください」 美少女に誘導されるまま、『星輝月雫』を抱いて着いて行く。 「秋菊、この子を綺麗にしてから私の室に通してください」 「畏まりました、お嬢様」 秋菊と呼ばれた侍女が私の手を引っ張っていく。 酷い。 酷すぎる。 あの後、入浴させられ、綺麗な服に着替えさせられ、念入りに化粧させられ、様々な装飾品を着けさせられた。 あの秋菊とか言う侍女にあんなことやそんなことをされ……思い出したくない。 私をこの邸に連れてきた美少女のことを聞こうとしたけど、口を開く隙さえ与えてくれなかった。 聞けなかった分、周囲をよく観察した。 この服や装飾品も凄いけど、お風呂や化粧品も上等なものが使われていた。 貴族と一口に言っても、上に入る部類と見受けられる。 「お嬢様、お支度が整いました」 「入りなさい」 秋菊が戸を引き、美少女の室に通される。 「まあ! よく似合います。私の目に狂いはありませんでした」 手を叩き、美少女は喜ぶ。 「あ、あの、私……」 どうしてここに連れてこられたのか。 私の言いたいことが分かったのか、美少女は頷き、手招きをして座らせる。 「貴女の琵琶を拝聴させていただきました。あの素晴らしい音色。まるで天上の調べのようで胸に響きました」 天上の調べ? 最上級の褒め言葉に真っ赤になってしまう。 「ぜひとも、私の専属になりませんか? もちろん、衣食住保障します」 「え?」 急な話にビックリして、美少女を見上げる。 「貴女の音が好きです。一日中でも聞いていたいほどに。ですから、貴女が欲しいのです」 ストレートな物言いに絶句してしまう。 これほど熱烈に乞われたのは、こちらに来て初めてだ。 誰かに必要とされるのは嬉しい。 自分が認められているみたいで、誰かの役に立てていると実感できるから。 でも、この美少女の専属になるということは、あの子の邸から出て行くということ。 出て行く? 想像してゾッとした。 「……できません」 「どうしてですか?」 美少女が小首を傾げて問う。 「私が紅家の家人だからです」 「紅家、ですか」 ピクリとその名に反応する。 彩七家の中でも一、二を争う紅家。 さすがにこの名を出せば、大抵の相手は折れるしかない。 「はい。ですから」 「それなら、致し方ありませんね。でしたら、お友達になりましょう」 お友達? 目を丸くする私の手を取り、にこやかな笑みを向けてくる。 「お友達なら、私のために琵琶を弾いてくださるでしょう?」 友達=専属楽師? 「そうだわ。私としたことがうっかりしていました。貴方の名前、まだ知りませんでした」 困ったように眉を寄せるので、私は慌てて名乗った。 「わ、私の名は星と申します」 「ですか。だから、琵琶がお上手なんですね」 納得したように手を叩くが、意味が分からない。 「私の名はと言います。どうぞ、仲良くしてください」 美少女の名は母のものと同じものだった。 前 始 次 2008.3.21 |