玉環ちゃん、姉様はピンチです。

 うっかり貴女の名前を呼んでしまい、あまつさえ『ちゃん』づけに。

 黎深は天つ才。

 誤魔化し嘘を吐いても見破られてしまいそう。

 目を合わせないようにひたすら泳がせていたら、ガッチリと頭を掴まれて固定されてしまうし、逃げられない。

 もう、私の馬鹿!

 自分を詰るも、起こってしまったことは戻せない。

 後悔していると、いつの間にやら鼻先がぶつかりそうなくらい顔を近づけられていた。

 近い、近いよ。

 抗議したいがそんな度胸もなく、されるがままになっている。

「……似てないこともないか」

 ひとしきり見た後、ポツリとそう零した。

 それって、誰に?

 聞くことができないので、目で訴えてみる。

 無理だと思ったが、黎深はあっさりと答えてくれた。

「大叔母」

 一瞬にして、心臓が鷲掴みにされた。

 私が『紅』であったことがバレた?

 嫌な汗が吹き出てくる。

「貴様の隠し事は、大叔母に関係あるのか」

 断言した黎深の言葉に反論はできない。

 何も言わない私の頭を黎深が叩く。

「さあ、キリキリ吐け」

 極悪そうな良い表情に、心の中で甥っ子を呪った。

 どうして、黎深をこんな風に育ててしまったの?

 逃げ道がない私は戸惑いながら口を開いた。

「わ、私の前世が、れ……あ、ああ貴方様の大叔母なんです」

 うっかり黎深『ちゃん』と呼びそうになり、慌てて言い直す。

 ああ、反応が怖いよ。

「貴様が大叔母だと?」

 黎深の目がキュピーンと光る。

 ひぃぃぃぃぃぃぃっ!!

 こ、こわっ、怖すぎる。

「ほう、なら答えてみせろ」

「は、はい?」

「私と始めて会ったのは?」

「あ、雨の日!」

「場所は?」

「わたくしの邸のお庭」

「交わした会話は?」

「うええええ? えと、『どうしたのですか? どこか怪我でもしているのです?』だったと思います」

 頑張った、頑張ったよ私。

 黎深はインパクトの強い人間だったから、まともに覚えていられた。

 これが玖琅だったら、危なかったよ。

「どうやら、嘘は吐いていないようだな」

 フンと鼻で笑う。

 良かった、信じてくれたみたい。

「最後に一つ。愛用していた琵琶の名は?」

「『星輝月雫(しょうきげっだ)』ですわ」

 星の輝き月の雫。

 この世で二番目に美しい琵琶。

 妹経由で、当時最高の琵琶職人だった碧家の方に作ってもらった特注品。

 そう言えば、あの琵琶は今どこにあるのか?

 誰の手に渡り、どのような音を奏でているのかが気になる。

「その名が出るということは本物か」

 黎深が手を放したので、自由になった。

「邸に向かえ」

 家人に命じる黎深だが、私は困ってしまう。

 てっきり、解放してくれるとばかり思っていたから。

 私の帰りを待っているだろう秀麗に、どういう言い訳をしよう。

「琵琶を差し上げます。その代わり、一曲弾いてってください」

「は、はい」

 急に敬語になった黎深。

 それよりも、何で琵琶をくれるという話になるのかさっぱり分からない。

「口調は昔と同じでいいです。じゃないと、みかん詰めにした室に軟禁して一生出してやりません」

「分かりましたわ」

 言われた通り、昔の口調に戻す。

 みかん詰めって、やっぱり黎深は子どものときから変わらない。

 最初はまるで別人になってしまったようで怖かったが、大人になっても黎深は黎深のままだ。

 そのせいか、私の目には幼い頃の小さな子どものときの姿に見える。

 性格だけじゃなく、口調を戻してくれたことによるかもしれない。

 可愛いなぁ。

「何、笑ってるんですか」

 ぶすくれる黎深を見て微笑ましい気分になる。

「いいえ、何でもありませんよ」

「……兄上はこのことを知ってるんですか?」

「あの子には何も言ってませんわ」

 言う必要もない。

「黎深ちゃん、内緒にしてくださいね」

「でも、大叔母様」

「ね、お願いです。これは、あの子の為でもありますのよ」

 困ったように首を傾げれば、言葉の意味を理解したらしく渋々頷く。

 本当に、黎深は聡い子。

 私はあの子に殺された。

 それをあの子が気に病まないわけがない。

 正体を知ったらどうなるか。

 どう思うか。

 どう行動するのか。

 予測がつかないし、私はまだ怖い。

 結局、あの子を信じることができないんだ。



  

2008.2.4
修正2008.2.14