新年が来て、十歳になった。

 の内職の針仕事を手伝わせてもらってるけど、それだけじゃ足りない。

 少しはお小遣いがもらえるけど、欲しい物にはまだ手が届かないから。

 今日も楽器屋さんに行く。

 見るのはもちろん琵琶。

 毎日毎日来るので、すでにお店の人とは仲良くなり、少しお手伝いもしている。

 私が琵琶を弾けると知ると、お手伝いが一段落したら少しの間弾かしてもらえる。

 子どもにしては上手いだろう私の音で、人が集まって来るので快く弾かしてくれる。

 中にはお金をくれるお客さんがいるので、意外と琵琶を買える日は近いかもしれない。

 手伝いが終わり、一曲弾き終わるともう帰る時間だ。

「お疲れ様でした」

 琵琶を元の位置に戻し、店主に声をかける。

「明日もよろしくね、ちゃん」

「はい」

 にこにこ笑うおばさんに私は頷き、店を出る。

 早く帰らないと秀麗がぐずる。

 何でか分からないけど、秀麗は私に一番懐いている。

 ふいに足早に歩いていた私の足が宙に浮く。

 と思ったら、首根っこを掴まれて軒の中に放り込まれた。

 え、一体何事?!

「出せ」

 展開についていけない私を尻目に、誘拐犯は使用人に指示を出す。

 今の私はただの紅家の家人で、秀麗のような姫ではないし、妹のように容姿に恵まれているわけでもない。

 どう考えても価値なんかないのに。

 ものすごい視線を感じて、恐る恐る犯人を見上げると。

「あ!」

 思わず声を上げてしまい、慌てて両手で自分の口を塞ぐ。

 誘拐犯はあの子の弟の黎深だ。

 昔の面影もあるし、小説を読んだので容姿は知っている。

「お前、何者だ」

 鋭い声に恐怖からか体が跳ねる。

 何者かって言われても、今の私は星だ。

 薔君が亡くなり、家人たちが家財を盗み出て行った後、唯一残り仕えている星の娘。

 兄大好きの黎深がそれを知らないわけがない。

「わた、私は」

「星。兄上の邸の家人、星の娘であることは知っている」

 遮られた。

「私はお前が『何』かと聞いている」

 私が『何』?

 きょとんとして見上げると、忌々しそうに舌打ちされた。

「貴様が弾いていた琵琶の音色はありえん。もう一度聞いてやる。何者だ」

 答えなければ殺される。

 震えながら口を開くが、何と言っていいか分からない。

 私の前世は貴方の大叔母です。

 本当のことを言っても信じてもらえず、逆に怪しまれて殺されそう。

 せめて、ここに百合がいればいいのに。

 奥さんの百合なら黎深を止めてくれる……といいなぁ。

「しぶといな。貴様が例え血縁でも……」

「は?!」

 私と黎深が血縁?

 そんなのありえない!

 だって、私は黎深の大叔母の紅ではない。

 は紅家出身じゃないし、子どもは父親の姓を名乗るものだし、一度強く否定されていることからも違うだろう。

「何だ、知らんのか。貴様の父親は私の親の兄弟だ」

 黎深の爆弾発言に、脳内は真っ白になる。

 私の親と黎深の親が兄弟。

 親が兄弟同士だと、私と黎深は従兄妹

 従兄妹と言うことは、私は紅家の人間。

 そもそも、黎深たちは直系だから、私も直系と言うことになる。

 なのに、何故に家人?

 あ、駄目だ。

 頭痛くなってきた。

「とっとと吐け!」

 そんなこと言われても、分からないものは分からない。

 黎深は一体何を知りたいの?

 あー、それよりも私、星は一体……。

「おい! 早く言わないと、みかん畑に」

「黎深ちゃん、少しお黙りなさい」

 そんなに急には、考えがまとまらないよ。

 どうしたものかと考えて……何だか、急に場の雰囲気が変わった。

「ククク、貴様このクソガキ、余程命が惜しくないようだな」

 地雷を踏んでしまったみたい。

 狭い軒の中、一歩一歩近寄って来る黎深は怖い。

 思いっきり顔を引きつりながら後退していくが、哀しいことにもう後ろは壁だ。

 どうしよ、どうなる自分ー!!

 もう。

「玉環ちゃん、助けてくださーい」

 神様頼みならぬ、妹頼み。

 情けない姉様だけど、天国にいる妹よ、姉妹のよしみで助けてよ。

「『玉環』だと?」

 ポツリと呟いた黎深の言葉なんか耳に入ってこず、ひたすら丸くなって震えた。



  

2008.1.18