「や、三人とも遅かったね。やっぱり、私が迎えに行ったほうが良かったみたいだね」

 片手を上げて笑いかける私に、三人ともギョッと声を上げる。

「な、ななな何であんたがいるのよ?!」

 どもる秀麗に、絳攸を指す。

「絳兄上から誘われて、李侍郎の雑用をやってるんだよ。聞いてない?」

 ゴホン、とわざとらしく咳払いする絳攸。

 その様子だと言ってなかったみたいだな。

「で、何でお前がここにいるんだ?」

 まあ、吏部にいるはずの私が、ここにいるんだから驚くよね?

「戸部への書簡運んだからですよ」

 で、来てみるといるはずの秀麗がいない。

 こりゃどうしたものかと待っていたわけだ。

 そうしたら、黄尚書に「暇ならこれやっておけ」とか言われて、やっていたんだよね。

「じゃあ、無事秀たちも来たし、絳兄上行きましょう」

「あ、ああ」

「じゃ、秀に燕青、また後で」

 さりげなく絳攸より先へ出て、迷わないように先導する。

 こうやって二人で歩いていると、あの日のことを思い出す。

 あの日――初めて黎深に会った日……。





「ねえ、絳兄上。吏部尚書に会わないんですか?」

 吏部の官吏たちとは顔を合わせしたのに、肝心の吏部尚書である黎深に会えていない。

 私が来てから吏部尚書室が開いたのは見たことがないし。

 いい加減、私も気になったので絳攸に聞いてみた。

「あ、ああ。ちょっと、今はそっとしておいたほうがいい。気にするな」

 冷や汗をかきながら、目は泳ぎまくっている。

 本当に嘘が下手だなぁ。

「何か変な声が聞こえませんか?」

「い、いや。気のせいだろ」

 激しく首を振る姿は怪しい。

 ってか、初日からブツブツ聞こえてきてめちゃくちゃ嫌なんだけど。

 そろそろ我慢の限界だったりするんだよね。

「ちょっと、見てきます」

 そう言って音の発信源を探ろうとすれば。

「し、仕事をするぞ」

 話題を変えてくる。

 怪しい!

 意気込んでみたが、絳攸が隠そうとするのなら黎深のことだろう。

 私に会うのにも緊張したりするのかな?

 兄&姪好きだけど、甥も好き……とみていいようだ。

 そうすると、私が何か言えば真面目に働いたりするかもしれない。

 絳兄上のためと面白そうだし、会うだけ会ってみるか。

「絳兄上、確か吏部尚書って絳兄上の父親ではありませんでしたか?」

 ビダーン!

 思いっきりずっこける絳攸。

 なかなかいいこけっぷりだなぁ。

「それって、私の叔父ってことですよね?」

 立ち上がろうとしていた腕から力が抜け。

 ゴン!

 頭を床に強打する。

 何か見ていて面白いなぁ。

「それから、紅家当主で父上を紅家から追い出した人」

 そのまま突っ伏して、ピクリとも動かない。

 ツンツン。

 指で突っついてみても反応無し。

 頭打ったとき、打ち所が悪かったのかな?

 それとも、黎深のこと知っていたから驚いたのかな?

 もしかして、両方だったりして!

「絳兄上? 大丈夫ですか?」

 ゆさゆさと揺すっていると、微かに顔が上げられる。

「あ、ああ。、お前知ってたのか」

「もちろん。知らないのは、秀姉上だけですよ」

 すまして答えれば、肩を落とす絳攸。

「絳兄上に誘われたとき、思ったんです。叔父上に会えるかなって。でも、会えないなら仕方ないですね」

 ご多忙な方ですし、と謙虚気味に目蓋を伏せてみる。

 落ち込んでいますって軽くアピール。

 視線は吏部尚書室から外さない。

「ここで会えないのなら、きっと一生会えないですよね」

 清清しいほど爽やかな笑顔で言う。

 いっそ似非臭いって感じに背後に薔薇でも背負っちゃう勢いで!

 あ、爽やかだったら薔薇は違うかな?

 まあいい。

 私の表情に絳攸の顔が引きってくれたから、いかに私が本気かが分かっただろう。

「あ、?」

「何ですか?」

「一生とはあまりにも……その……」

 口ごもる絳攸の肩をそっと抱く。

「絳兄上、大丈夫です。一生会わないでいる自信はあります。存在を認めなければ、いないのと同じこと」

 ガタガタガタン!

 吏部尚書室から激しい音が響く。

 絳攸はビクリと体を震わせ、恐る恐るというようにゆっくりとそちらに目をやる。

 何だか小動物を思わせる。

 可愛いなぁと釣られて私もそっちを見る。

 ああ、黎深てばどう出るかな?

 一応、私も紅家。

 退路など残すほど甘くない。

 黎深に残された道は二つ。

 私に叔父だと名乗るか、名乗らずに一生無視されるか。

 ジッと待つが何も反応がない。

 仕方ない。

 たまには私から動いてみるか。

 スルリと手を戸にかけ、滑らかに横に引く。

 中にはコチンと固まった美しい男がいた。

「初めまして、黎深叔父上」

 サービスとして叔父上を強調してみる。

 あ、茹蛸みたいに真っ赤になり、後方にコテンと倒れた。

「れ、黎深様!!」

 慌てて絳攸が黎深にかけよるが、本人は綺麗に気絶している。

 やっぱ、面白い!

 何その反応!!

 ふっふっふー、これからが楽しみだね。

  




2007.3.9

修正2007.3.15