空には丸い月が浮かんでいる。

 月に照らされる木々は美しく、これぞ貴族の邸だと当たり前のことを思う。

 今、私がいるのはの屋敷だ。

 うむを言わせない口調で誘われ、あれよあれよと言う間に泊まることを了承させられてしまった。

 突然の誘いに琵琶を弾くためかと思ったのだが、着飾された衣装を見る限りは違うだろう。

 目の前には豪華な菜と美味しいお酒。

 未成年がお酒なんて飲んでは、と日本にいたころの私なら言っただろうが、ここは彩雲国。

 別に規制なんてないし、紅だったころは一桁の年齢のときに飲んでいた覚えがある。

 浴びるほどではなく、嗜む程度だが。

、元気が出ました?」

「え?」

 唐突にに聞かれ、一瞬何を言われたか分からなかった。

「最近、元気なかったですから気晴らしになると思って」

 まさか、に気付かれてるなんて思わなかった。

 私はいつも通りに振る舞っていたし、身近な者も何も言ってこなかったから上手く『いつもの私』を振舞えていたつもりだった。

 昔取った杵柄なんて胸を張れるものではないが、ある程度は表情や雰囲気を制御できる。

 見破れるものなんて妹ぐらいだったのに、はたったの三年で見抜いてしまった。

「ありがとうございます」

 素直に言葉が出てくる。

 私は良い友人を持った。

「ふふ、それでは話してもらいましょうか。最近の憂い顔。ズバリ恋をしているでしょ?」

 さあ、話して!と輝かんばかりの笑顔で迫ってくる。

 先ほどまでのシリアスな空気はブチ壊しだ。

 仕方ない。

 に限らず、女というものは恋ばな好きだ。

「どうでしょうかね?」

 アレを恋と呼べるのか。

 呼んでもいいのだろうか?

 自嘲気味に笑う。

「好きな人がいます」

 口からそんな言葉が出ていた。

 言うつもりなどなかったのだが、出てきてしまったのは仕方ない。

「どなた?」

「好きになっては駄目なかたです」

「身分違いなの?」

「はい」

 お酒が入ってるためかいつもより饒舌になってしまう。

「でも、。姓は星でも紅家の血を引いているでしょ?」

「よく知ってますね」

「そうそう釣り合わないと言うことはないのでは?」

 の言葉に首を横に振る。

「私は使用人。相手は主だから」

「いいえ、。それは一番の理由ではないですね」

 鋭い否定。

 に嘘は通じない。

 私は恐る恐る本当のことを口にしようと思った。

 信じてもらえないかもしれない。

 だけど、もう胸に秘めているだけでは苦しすぎる。

 吐露して楽になってしまいたい。

 酒のせいで頭が働かないんだ。

 理由をつけて、秘密を明かそうと思った私はズルイ人間だ。

「……は前世を信じますか?」

「前世、ですか?」

 いきなり出てきた言葉には首を傾げる。

 前後の会話から、どうして前世だなんて単語が出てくるのが分からないだろう。

「私は前世で大切な人を亡くし、自身の命まで落としました」

「それに主が関わっていると」

「そうです」

 重々しく頷くと、難しそうな表情をして黙り込んだ。

 は何と言うだろうか?

 恥知らず!と罵る?

 可哀想にと慰める?

 静寂が痛い。

 ああ、早く、早く何か言ってほしい。

 耐えるように拳を握り、目蓋を伏せていると、空気が動いた。

 ゆっくりと顔を上げると、いつも通りのがいた。

 どうやら、結論が出たようだ。

 生唾を飲み込み、判決を言い渡される罪人のように静かに待つ。

「そうね、。私は、私はね、愛は人を選ばないものだと思っています」

 人を選ばない?

 意味が分からず、困ったようにを見る。

「貴女の大切な人は、貴女が幸せになるのを祝福しないかたですか?」

「そんなことありません!」

 玉環は 私が嬉しいことなら、自分のことのように喜んでくれる。

 過ぎたほど出来た子だ。

「ならば、罪悪感を感じる必要はないですね。むしろ、貴女が苦しんで幸せを逃すなら悲しむでしょう」

 目から鱗だった。

 今までそんな風に考えたことなかった。

「だから、好いていても大丈夫です」

 視界がぐちゃぐちゃに歪む。

「私、私は……」

 ずっと、誰かに許してほしかった。

 大丈夫って慰められたかった。

 この恋を祝福してほしかった。

「うん、分かってるわ」

 両手を広げて抱き締めてくれる友人に、みっともないほどに甘え泣きついた。



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2009.3.28