昔から、ずっと見ている夢がある。 私はその国で特別な七家のうちの一つ、紅家のお嬢様なのだ。 と、言っても現実と変わらず平凡だが。 夢でくらい綺麗で聡明な女性でいたかったが、所詮はこの私だし仕方がない。 夢の中では妹がいる。 美しく気品高く聡明で、その琵琶の音は鬼神さえ魅了するという自慢の子。 自分にないものを持つ彼女が憎いときがあったが、誰よりも可愛く愛しい彼女は私の一番だ。 私という存在は紅家の中で浮いていて、邪魔者というよりもいないものとされ扱われてきた。 寂しいと思ったことはない。 欲しいものは度が過ぎない限り与えられたし、安定した生活を約束されていたから。 家人や親戚たちが陰口叩いていても、本当のことなので否定の仕様がない。 そのうち慣れてきて、傷つくこともなくなった。 紅家の中でも一番寂れた部屋で琵琶を弾いているとき、一人の少女と出会った。 それが妹である。 おかしいことに、私はそのときまで妹に会ったことがなかった。 部屋から滅多に出なかったし、親も私のもとに来ることがなかったから知らなかったのだ。 なぜか分からないが、妹は私を好いてくれた。 妹が成長するにつれ、私の待遇は良くなってきた。 難しいことは分からないが、妹がどうにかしてくれたらしい。 時が経ち、妹は子どもを生んだ。 兄の子の甥にも子どもができた。 私に子どもがいない分、その子たちのことを可愛がった。 ――そして、私はその子に殺された。 「ねえ、」 声をかけてきた友人を仰ぎ見る。 ちなみに、と言うのは芸名だ。 夢の中での名前なのだが、本当の名よりもしっくりくるので、普段からその名を使っている。 「この小説面白いのよ。読んでみなよ」 どっさりと十五冊の本を置いた。 この友人は本と漫画をこよなく愛し、面白いものが出ては私に逐一教えてくれる。 だから、この本も私は何の抵抗もなく手にし、帰宅してから読むことにした。 彩雲国物語。 タイトルを見た途端、沸騰した。 彩雲国、その名を私は知っている。 震える手でページを捲っていき、いくつかの名前で倒れそうになった。 これは偶然。 だって、あれは夢なんだから。 息を呑み、文章を追っていく。 ひたすら本をむさぼり読むことだけに集中する。 そのせいか、一晩で読破できた。 読むのが遅い私としてはすごい快挙だが、今の私でははしゃぐ気力もない。 やるせないというか、哀しいというか、憎いというか、愛しいというか、様々な感情が混ざり合い、私の精神状態は普通じゃなくなっている。 徹夜明けのふらふらの状態で家を駆け出し、我武者羅に走った。 訳の分からない苛立ちを何とかして解消したい。 普段なら琵琶にいくはずだったストレス発散方法は、走るという行為にすり替わった。 決して運動神経の良いとは言えない私は、普段から走ってなかったせいか、足が縺れ転んでしまった。 そればかりか、思い切り頭を打ち嫌な音がした。 頭から生温かいものが流れていく。 きっと血だ。 ヤバイ、格好悪い。 すぐに羞恥心が湧いてきて立ち上がったが、視界はグルグルと回って吐き気が襲ってくる。 足は生まれたての小鹿のように震え、立っていることでさえ危ない。 このままじゃ死んじゃうかも知れない。 近くにある家に助けを求めようと足を踏み出したところで崩れ落ちた。 薄れゆく意識の中で、切に死にたくないと願った。 「……てください」 ゆさゆさと体を揺さぶられ、意識は浮上した。 真っ暗闇の中、一人の青年だけが不自然に見ることができた。 「だ、れ?」 「ああ、ようやく起きてくださりましたのですか。初めましてこんにちは。わたくし、世界管理事業部魂規制系輪廻転生部第8−1352グループの者です」 律儀に名刺を差し出してくる。 反射的に受け取ってしまったが、世界管理事業部なんたらって一体何だろう? 「この度はわたくしどもの監督不届きで、貴女様を別の世界に転生させてしまった件で謝りに来させていただきました」 別の世界に転生? この人、電波系の人なのかもしれない。 とりあえず、名刺はポケットにしまい、頭を下げて去ろう。 「そうですか、それでは……」 百八十度向きを変えた私の手を電波系の青年が掴み、逃亡は失敗。 「説明はまだございます。当社としては、世界に歪みを起こさせないために、貴女様を元の世界に戻させていただきたいと思いますが、それでよろしいでございましょうか?」 「は、はあ」 「まあ、否と言われましても拒否権などございませんが。とりあえず、口答にて貴女様の質問に答えさせていただきますが、何か疑問などございましょうか?」 全て疑問なんですが、その場合どうしたらいいのでございましょうか? って、青年の口調が移ってしまった。 一度頭を振ってから、一生懸命考えてみる。 「あなたは誰ですか?」 まずはこれだろう。 「わたくしは、世界管理事業部魂規制系輪廻転生部第8−1352グループの燕と申します」 つらつらと長ったらしい社名(?)を口にして、ようやくでてきた名は鳥の名前。 ポケットにしまった名刺を見てみると、燕(偽名)と書かれている。 突っ込みづらかったので、次に世界管理事業部何たらの意味を聞いてみる。 「えっと、それって何ですか?」 「平たく申し上げるのでしたら、世界を管理している会社でございます」 平たく言いすぎだと思う。 「世界と言うものは無数にございます。例えば、貴女様の世界の書物でありましたり、ゲームでありましたり、その数だけ他の世界が存在するものなのです」 青年の言葉に私は目を輝かせた。 レジミルや戯言、され竜、ヒカ碁、H×H、サモナイ……の世界があるんだ。 「しかし、数が多い分、他世界との壁が薄くなり、歪みが生まれやすくなってしまいました」 嘆かわしいことです、と燕(偽名)は頭を振る。 「この歪みと言うものは厄介でございまして、放っておくとその世界の崩壊を招くのです。つまり、わたくしが何を言いたいのかと申しますと、貴女様がいることで貴女様がいた世界が消滅するのでございます。逆に」 スケールの大きい問題に絶句している私に、さらなる言葉を投げかける。 「貴女様と入れ違えてしまった方も、貴女様が本来いるはずだった世界を消滅させてしてしまうことにもなるのでございます」 私と入れ違えられた人。 そこで、私は青年の後ろにいる小さな少女に気がついた。 「こちらのお嬢さんが貴女様が間違っていた世界の本来の貴女様です」 少女はジッと私を見ている。 特徴のある真っ直ぐな黒髪に覚えのある顔。 私は恐怖に悲鳴を上げそうになった。 「おや、その反応はどうしたことでしょうか。もしや、貴女様は前世をお覚えになっておられるのでは?」 「前世?」 「はい。貴女様の前世は紅という女性でございました」 言い当てられた夢の名。 青ざめる私に燕(偽名)は否定する。 「いいえ、それは夢ではございません。前世の記憶が夢となり、現れたのでございます。そう言えば、貴女様はご友人から本をお借りになられましたね。もう、お分かりになられたのではございませんか? 貴女様がいるべき世界は、 ガラガラと何かが崩れていった。 「さあ、もう時間はございません。速やかに入れ替わりをしてもらいます」 青年が一つ手を打つと、視界が低くなった。 もう一度叩くと、体が熱くなり髪が伸びた。 さらに叩くと、体が宙に浮き落下していった。 って、落下?! 私、絶叫系って駄目なのに! 「いやああああああああああ……」 半狂乱で叫ぶ私に青年が微笑む。 「では、行ってらっしゃいませ」 始 次 2008.1.11 修正2008.1.31 |