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ねえ、黎深。 君は、琵琶の持ち主のこと、思い出さない? 私は思い出すよ。 琵琶姫と謳われた玉環様と、姉の玉麗様。 あの方たちの琵琶が、今、私たちの元にあるからかな。 玉環様の『 正直、驚いたよ。 君が『星輝月雫』を貰うなんてさ。 いや、違うか。 玉麗様の形見を大事に持っていること事態不思議さ。 あ、髪の毛引っ張るなよ。 黎深てさ、玉麗様のこと好きだったでしょ? うわ、図星だからってみかん投げつけるなよ。 まさか、本気で気づいてなかったの? 君さ、その琵琶で弾いているとき、少し哀しそうな表情をしてるんだよ。 ○月×日 天気 晴れ きょうは、ぎょくれーといちにちじゅうあそんだ。 ぎょくれーは、にこがじょおずなの。 おもしろいはなしもたくさんしてくれるの。 あと、ぬのにえをかくのもじょおずなの。 こんど、しゅーれーのためにおはながかいたのつくってくれないかな? かれないおはなだから、いちねんじゅうみられるの。 ずっとずっと、ぎょくれーといっしょにいたいな。 玉麗。 その名を口にするのは、いつも戸惑われてしまう。 邵可にとって、『玉麗』と言う名は特別だからだ。 紅家を裏で仕切っていた知略に長け、美しかった玉環大叔母様。 その玉環大叔母様の姉が玉麗大叔母様。 目を閉じれば、今でも思い出せる。 ふんわりとした微笑に、玉環大叔母様以上に美しい琵琶の音。 自分以外に懐こうとしなかった黎深が、唯一自分から傍に寄った女性。 ――それに……。 邵可は頭を振った。 今日は少し、呑みすぎたらしい。 玉麗。 同じ名前の家人の娘。 どういう意図があって名をつけられたのか知らないが、呼ぶときにどうしても躊躇してしまう。 玉環大叔母様。 彼女の名前は口に出せるのに、玉麗大叔母様だけは上手く言えない。 沈みこんできた気持ちに、玉麗大叔母様の琵琶が聞きたいと思った。 だが、彼女はもういない。 自分が殺してしまったのだから、いるはずがない。 その事実に、邵可は寂しげに笑った。 「この子が百合と黎深様の息子?」 仙女様が地上に舞い降りた。 幼い絳攸の目にはそう映り、年齢が離れているとはいえ一瞬で恋に落ちた。 「絳攸、わたくしの友人に挨拶を……絳攸?」 心配そうな百合の声で我に返る。 「あ、は、初めまして。李絳攸と申します」 「初めまして、絳攸様。私は花夜と申します」 仲良くしてくださいね。 にっこりと微笑まれて、天にも昇る気持ちになる。 と、後頭部に衝撃が走った。 痛さのあまり蹲っていると、地面に見慣れた扇子が落ちているのを見つけた。 れ、黎深様だ! 花夜に気づかれないように、そおっと後ろを振り返ると、鬼のような形相をした黎深がこちらを睨んでいた。 「ほら、絳攸様触ってください」 ビビッている絳攸の手を取り、自身のお腹へと導いていく。 「ここに、飛翔様と私の赤ちゃんがいるんですよ。お兄ちゃんとして、この子と仲良くしてくださいね」 花夜の一言に絳攸が、黎深までもが固まった。 一瞬で恋に落ちた絳攸だが、同じように一瞬にして失恋した。 初恋は実らないものである。 「秀麗ちゃん、秀麗ちゃん。待ってよぉ」 半べそをかいた少年が秀麗の後を追ってくる。 「もお! 理天ったら、男の子はすぐ泣いちゃダメよ」 仕方なく、秀麗は足を止めて待ってやる。 泣きそうな顔で必死に走ってくる理天は、慌てたせいでこけそうになる。 「あ!」 怪我をしたら、また泣くかもしれない。 秀麗の体は自然と動き、理天の体を支えた。 「ほら、理天、ちゃんと立ちなさい。重いわよ」 重い、の言葉に理天の目が潤む。 「さ、帰るわよ」 片手をさしだしてあげると、パッと笑顔に変わる。 「秀麗ちゃん、ありがと」 こんないつもの帰り道。 2008.7.27 |