「せいらあ」

 一つ上の姉、秀麗は口を開けばその名を呼ぶ。





 茶州に来てから、ふと気づいた。

 そろそろ静蘭が家族になる時期だと。

 一人で歩くことの出来ない私は、邵可に抱かれながらきょろきょろと辺りを見回す。

 静蘭、落ちてないかな?

 願いが届いたのか、私の黒い目にそれは映った。

 大地が白く染められた場所に転がる人間。

 熱心に見ているのに気づいて、邵可が私の頭を撫でる。

、どうかしたのかい?」

「何じゃ、子どもが倒れておるわ」

 薔君の言葉に邵可が血塗れの子どもに駆け寄る。

 幸い宿がすぐに傍にあったので、連れ帰り看病した。

 私は読んでいた小説の彼を思い出す。

 あー、この頃からサバ読んでたんなんてすごいなぁ。

……じゃなくて、血に塗れて傷ついた少年。

 私なんかが理解できないだろう程、深い闇を抱えている。

 少しでも、この子の光になれるのだろうか?

 秀麗がいるから大丈夫だけど、私にも何かができるだろうか?

『彩雲国』という世界にいるが、私は未だに信じられない。

 だけど、静蘭を見つけて、ようやく自覚しだす。

 ココが『話の中』の世界ではなく、『現実』の世界だと。

 座布団に寝かされた私は、ある決心をしてスックと立ち上がる。

……ことはできないので、ハイハイで静蘭の元へ行く。

 そっと触れるとゾッとするほど冷たい。

 胸が上下しているのが生きている証である。

 許せないな!

 こんな小さな子どもを流罪にし、人を雇ってまで殺そうとするなんて。

 王族の醜さが嫌いだ。

 グッと涙を堪えていると、手に冷たい感触がした。

 見ると静蘭が苦しそうに私の手を掴んでいる。「――りゅ……き……」

 小さな呟きに、胸が締め付けられる。

 幼き清苑公子はどんな夢を見ているのだろうか?

 願わくば、悪夢ではなく末の弟劉輝との幸せな夢を見ていますように……。







「決めたぞ。そなたの名はし静蘭じゃ」

 名前を言わない少年に、邵可が姓を、薔君が名を考えた。

『し』はむらさきそう。

 誰も使う事の許されない王家の紫家に通じる者。

 黒狼である邵可は、茶州まで清苑公子を追いかけてきた。

 家族にはおいしいお茶があるからなんて言ってるが、薔君にもバレバレだろう。

「せーらぁ」

 舌っ足らずな言葉で秀麗が名を呼ぶと、静蘭は無表情な顔を上げた。

 よし、秀麗に習って私も呼んでみるか。

「しぇらぁ」

 ま、まあ、子どもだしね。

 静蘭なんて言えないよね。

「おお、が始めて人の名を呼んだぞ」

 嬉しそうに手を叩く薔君の言葉を受けて静蘭が私を見た。

 僅かに無表情以外の感情が浮かぶ。

「静蘭。この子は、秀麗の」

 言って少女を指す。

「弟のって言うんだ。同じ男同士仲良くしてあげてね」

 邵可の言葉に静蘭の唇が私の名を紡ぐ。





2006.9.27