『保険はいくらあってもいい』のおまけ

「ちょっと世話になるからよろしく」
「はぁ? 世話って、どうしたんだ、いきなり……」
「色々あってさー、今晩泊まることになったから」
 まさか、断んないよねー?と見てくる。
 この顔は何言っても無駄だ。
 仕方ないと珀明は承諾してやる。
「一体どうしたんだ?」
 理由くらいは知っておきたい。
「いや、さぁ。珀も知ってるだろ? 秀姉上が国試を不正及第したって噂」
 友人の言葉に頬を掻く。
 珀明も聞いたことがある話だが、ここ最近噂が急激に広がり始めた。
「そろそろ進士返上を求める連名書とか出てきそうだし、私もジッとせずに動こうかなっと」
 探花及第した初の女官官吏である同僚は、この友人の姉である。
 姉の一大事にこの友人が何かをしないわけはない。
「進士返上か。まったく、馬鹿なことをする奴がいるものだ。すでに出されているらしいぞ」
 珀明は碧家の人間である。
 情報は自然と入ってくるから、友人のために一つ教えておく。
 いつも上を行く友人のためにできることはこのくらいだ。
 少しでも助けになれば嬉しい。
 自分が頼ってばかりいるのはフェアじゃない。
 友人の顔を盗み見しながら、珀明は親指を噛む。
 どうやら想定の範囲内だったようだ。
 涼しい顔をしている友人に悔しくなる。
 もっともっと、絳攸様のようにならなくちゃダメだ。
 顔を上げ、珀明は決意を新たにした。






『記念・2』のおまけ

「ねえ、絳兄上。吏部尚書に会わないんですか?」
 いつか、いつかその質問が来るとは分かっていたが、用意していたはずの言葉はすんなりとは出てこない。
「あ、ああ。ちょっと、今はそっとしておいたほうがいい。気にするな」
 とりあえず、無難にそう言ってみたが苦しいいいわけだとは絳攸も分かっている。
「何か変な声が聞こえませんか?」
「い、いや。気のせいだろ」
 力いっぱい否定したが、吏部尚書室から変な声が聞こえてくるのは絳攸も知っている。
 すでに、吏部官吏からも苦情が来ていたりするし。
「ちょっと、見てきます」
 それはダメだ!
 激しく困る。
 音の発信源を探そうとする従弟の腕を慌てて引っ張る。
「し、仕事をするぞ」
 こんなとき、こんな言葉しか出てこない自分が恨めしい。
 従弟の視線が痛いほど突き刺さってるのが分かる。
 だが、絳攸は本当のことを言うことはできない。
 これは養い親である黎深のためなのだ。
 さっさと名乗れよ!
 そうは思うがなかなか決心ができないらしい。
 従弟を吏部に誘ったのは、黎深に仕事をさせるためだが、叔父だと名乗り挙げれるようにと絳攸は密かに期待していた。
 その可能性もここ数日のことを見ると、夢に終わりそうだが。
「絳兄上、確か吏部尚書って絳兄上の父親ではありませんでしたか?」
 叔父。
 その言葉に絳攸は思いっきりずっこける。
「それって、私の叔父ってことですよね?」
 立ち上がろうとしていた腕から力が抜け、今度は頭を床に強打する。
「それから、紅家当主で父上を紅家から追い出した人」
 突っ伏した立ち上がれなくなる。
 まさか、従弟が知ってたなんて……。
 今までの苦労(黎深と鉢合わせないようにしていた)は何だったんだ?!
「絳兄上? 大丈夫ですか?」
 肩を揺さぶられ、飛んでいた意識は戻ってくる。
「あ、ああ。お前知ってたのか」
「もちろん。知らないのは、秀姉上だけですよ」
 ああ、やっぱり秀麗のほうは知らないんだ。
 知ってたらきっと季節ごとにも文でもくれるだろう。
「絳兄上に誘われたとき、思ったんです。叔父上に会えるかなって。でも、会えないなら仕方ないですね」
 嬉しそうな表情から一転、哀しげに目蓋を伏せる。
 そうか、従弟が自分の話に乗ってくれたのはそういう意図があったのか。
「ここで会えないのなら、きっと一生会えないですよね」
 爽やかな笑顔に絳攸の思考は一時中断される。
 何だか分からないが、従弟は本気なようだ。
 顔が引きつりつつ従弟の名を呼ぶ。
「何ですか?」
「一生とはあまりにも……その……」
 あの人が自分から名乗り出れるわけがない。
 養い親の性格を思い出し、絳攸がそう言うと労わるように肩を抱いて笑う。
「絳兄上、大丈夫です。一生会わないでいる自信はあります。存在を認めなければ、いないのと同じこと」
 ガタガタガタン!
 それって、存在自体の否定か?!
 叫びたいのを押さえ、大きな音が聞こえた尚書室を恐る恐る見る。
 扉があって中は見えないが、確実に養い親はへこんでいる。
 従弟はジッと尚書室を眺め、思いついたように扉を開けた。
 あ、黎深様が固まってる。
「初めまして、黎深叔父上」
 見る見るうちに顔が真っ赤になっていき、そのまま後ろへと倒れてしまった。
「れ、黎深様!!」
 慌てて絳攸が駆け寄るも、綺麗に気絶してしまって反応はない。
 叔父上って呼ばれたこと、それほど嬉しかったのか?
 絳攸少々引きながら黎深を介抱した。






『記念・3』のおまけ

 よし!
 ここは叔父らしく(?)、甥のためにできることをしよう。
 決心した黎深はモジモジしながら切り出した。
「私が勉強を見よう。こ、これでも上位及第者だからね」
「勉強なら、絳兄上……李侍郎に見てもらってますから、お気になさらずに」
 な、何ぃっ?!
 こ、絳攸の奴、また抜け駆けを……。
 ふつふつと怒りがわくが、ならばと素早く次の提案を口にする。
「な、なら、後見人に……」
 張り切って手を上げて主張。
「黄尚書がなって下さると」
 ほ、鳳珠の奴、また(甥の働き先は黄鳳珠邸)も……。
 机に突っ伏しながら、指で殺殺殺と抜け駆けした友人に呪いをこめる。
「あ、その書簡、戸部にですね。持って行きますね」
「い、いや、私が」
 今度こそ、甥のために!
「私が持って行きますね、黎深叔父上」
 黎深叔父上、黎深叔父上、黎深叔父上……。
「黎深」「黎深叔父様」(オプションで邵可と秀麗)
 大好きな兄上と可愛い甥と姪に囲まれ、砂浜で追いかけっこなんかしちゃって。
「黎深おいでよ」
「黎深叔父上、こっちですよ」
「黎深叔父様、私たちを捕まえてくださいね」
 次々と妄想が膨らんでいく。
「叔父上って叔父上って……」
 バシバシと机を叩く。
 一人夢の中へ飛んでいって悦に入っている黎深を見つけ、絳攸ら吏部官吏は数日間夢で魘されることになる。
 ちなみに、黎深は暫く周りが引くほどご機嫌で、夢見は最高だったそうな。






『記念・4』のおまけ

「絳兄上、ソレなんですか?」
 いつになく厳しい表情をした彼に絳攸は内心で動揺した。
 ここに彼がいておかしいことはなかったが、失念してたのは完全なる失態だ。
「む、そなたこそ誰だ?」
 大好きな邵可と秀麗、静蘭の邸にいる見知らぬ男。
 先に説明しておけば良かったと後悔しても後の祭りだ。
 主上の言葉に従弟はにっこりと笑うも薄ら寒い空気に、見なかったことにして帰りたい。
「あ、落ち着け。こいつは……あー、この方は」
 しまった、こいつとか言ってしまった。
……というか、「主上です」と正直に話してもいいものか。
「主上なんだよ」
 絳攸がどう説明するかと悩んでいたら、横から楸瑛があっさりと答えてくれた。
「へーはーふーん、そーなんですか」
 従弟は力いっぱい主上を睨みつけてから、ぞんざいに自己紹介をする。
「主上とあろう方が何用で我が家におられるのでしょうか?」
「まさか、行方不明だった邵可の?」
 目を丸くする主上は余計な言葉まで言ってしまう。
「お、弟?! てっきり、兄かと思ったぞ。それにしても、似てないな」
 確か、二人が似てないという話はタブーだったはずだ。
 さらに何かを言おうとした主上を静蘭が話題を変えることで避けた。
 ナイスだ、静蘭!
 心の中で拍手する。






『記念・5』のおまけ

「……て、お前も手伝ってけよ!」
 燕青の言葉に軽く楸瑛は瞬いた。
 そう言えばと、秀麗の弟の動作を思い出す。
 貴族らしい立ち振る舞いをしてはいるが、武芸をやる者の癖が出ていた。
 僅かなそれに近くにいるはずの静蘭が気づいていないはずがない。
 いや、逆に近すぎて分からないのか?
「悪いね、燕青。私には過保護な家人がいるからな」
 秀麗の弟が静蘭指差すので釣られて様子を窺ってみると……素早く楸瑛は目を逸らした。
 声に出してはないが、あの姿を見るだけで分かる。
 私の若様が怪我をしたらどうするんですか?
 丁寧に訳すとこんな感じだ。
「それに……」
 続けて絳攸を見る。
 その視線は不安そうで絳攸の自称親友の楸瑛はピンと来た。
 絳攸は超がつくほどの方向音痴だ。
 歩いて三十歩のところで迷うほどの腕前では、一人で黄尚書の元へ行くのは難しい。
 案内役として秀麗の弟がついて行くのが好ましい。
 どうやら彼は以前ここで働いていたようだし。
 思わず頷く楸瑛に静蘭も劉輝も同じ反応をしている。
「じゃ、後はよろしくな」
 視線の意味を理解できていない絳攸の手を引きながら、さっさと邸の中へ入って行く。
 あれは本来なら自分の役目だったのに。
 微笑ましい光景ながらも少し妬けてしまう。
 複雑だな、とため息を吐こうとして空気が張り詰めた。
 いよいよ、敵か?!
 楸瑛は素早く身構えた。






2008.1.30
修正2008.1.31