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気を引いたのは、二振りの剣。 彼の手には、通常よりやや短い剣が握られている。 「おや、二刀流なのかい?」 剣を二本同時に扱うのは難しい。 武官の中にも二刀流のものがいるが、剣舞などの特別な場合でしか使っていない。 面白い、と楸瑛は笑う。 「今度、私と手合わせをして……」 言いかけて、空気が張り詰めた。 ハッと身構えるも、こっち側で帰ってきてなかった奴らしい。 驚く楸瑛たちを無視して横切っていくその後ろ、団体客が続々と罠にかかっていく。 現れた男たちを前に、武器を構える。 「ちょっと物足りないかな?」 ポツリと呟いた言葉に嘘はない。 そうだ、と彼を見る。 彼の実力を知るいい機会だ。 「君たち、最高に運が悪いね」 哀れみの表情を浮かべて、二本の剣を振るう。 舞い踊るかのように敵を倒す姿に、無駄な動作は一切ない。 「へえ」 見事、と内心手を叩いた。 自分ほどではないが、彼の強さには目を引くものがある。 ――しかし。 その型は誰かに似ている。 遠い昔、どこかで……。 『お前、弱ぇーな。大切なものを守りたきゃ、もっと強くなるんだな』 二振りの剣を交差して首に突きつけられる。 始めて兄たち以外で味わった敗北。 焼きついたように離れないのは鮮やかな橙。 「何だ、餞別にくれるの?」 子どもの手に、木の上から果物が落ちてくる。 普通なら驚くはずが、子どもはあっさりと受け取る。 「ありがと。帰ってきたときには、お礼をするよ。何がいい?」 語りかけるように言う姿は、まるで木と話しているようだ。 木と話す……そうか、意思疎通ができるのか。 あっさりと龍蓮は納得した。 「そうか、分かっ……そこにいるのは誰だ?!」 龍蓮の足元を狙って石を投げつけてくる。 持っていた笛で弾き、一歩前へ出る。 「藍龍蓮と言う。木と話す風流なそなたの名を聞きたい」 「!」 子どもの表情が強張り、その一瞬が嘘のように笑顔に変わる。 名乗る名は、紅家のもの。 紅家当主の兄の息子。 藍龍蓮。 彼は明らかに、龍蓮の意味を悟ったようだ。 しかし、恐れずに真っ直ぐと目を見てくる。 きっと、友になれる。 「我が生涯の友と認定しよう」 「は?」 呆然とする友の望みを口に出す。 「さあ。私とともに旅に出ようではないか。国中の木が待っているぞ」 龍蓮の誘いに目を輝かせてから、表情を曇らせる。 「龍蓮、僕が旅へついて行ってもいいのか?」 心配しているのは家のことだ。 藍家の切り札と旅をして、両家が争いになるかもしれない。 そう考えているようだ。 「問題ない。行くぞ」 浮かんだのは、橙色の髪の師。 あれがいる間は、争いなど起こるはずもない。 自信を持って言い切る龍蓮に、彼は笑顔で頷いた。 「俺さー、準試受けることにしたわ」 「そうか。私は中央官吏になる」 間髪を入れずに答える彼は、相変わらず変わってない。 『なりたい』、ではなく『なる』。 相変わらずの自信だ。 「うっわー、そうだよなー。お前、元々そのつもりで貴陽に帰ったんだったよな」 「まあな。お前こそ、やっと決心したのか。次に会うときは茶州州牧が決まるときだな」 茶州州牧が決まるときなんて、燕青が受かっていること前提だ。 目を瞬かせてから、照れくさそうに頬をかいた。 「俺も受かること決定なのかよ」 それだけ、信頼されてるってことだな。 「悠舜の隣で何年州牧やってきてんだよ。受かって当たり前。むしろ、国試を受けろよな」 「うえっ。相変わらずキツイなー。んー、とりあえず準試頑張るや」 感動して損した。 顔を顰めてみせるが、内心ドキリとした。 一緒に仕事がしたい。 そう思っていてくれるのか? 「じゃ、頑張れ。皆に宜しく言っといてくれな」 と、ガサゴソと辺りをひっくり返して手紙を取り出す。 「これ、悠舜に渡しといて」 「――悠舜にだけか?」 「悠舜が読んで判断していいよ。ちょっと、これからのことを書いておいただけだし」 これから。 その一言に、身が引き締まる。 「燕青、頼むよ」 「ああ、まかせとけ。必ず悠舜に渡す。約束するから安心しとけ」 鼻息を荒くなり、胸を張る。 彼は滅多に頼ることがないので、やはり重要なものなのだろう。 無事に届けなければ! メラメラと意欲を燃やす燕青は、まだ手紙の内容を知らない。 遅い! 珀明は苛立たしげに、辺りを見渡す。 やはり、いない。 まさかの可能性を思いつき、慌てて否定する。 さすがのあいつもしないだろう。 「いい加減にしたらどうだい? その顔」 こんな良い日に辛気臭いぞ、茶化そうとする友人を睨みつけた。 もうすぐ、新進士任命式が始まる。 「まったくあの馬鹿は、まさかとは思うが式に出ないつもりなのか?」 憎憎しげに零す珀明に、友人は涼しげな顔で一言。 「出たら出たで、すごいことになると思うぞ」 きっと、大人しくするはずもなく、式はめちゃくちゃになって……。 想像するだけで、頭が痛くなってくる。 「ま、まあ、そうだな」 国試のときのことが頭をよぎり、ふと遠い目をしてしまう。 本当に散々な目に合った。 あのときばかりは、碧家で培った音楽のセンスを呪った。 「さて、そろそろみたいだぞ」 ハッと我に返ると、先導する官吏がやって来ていた。 「分かっているとは思うがヘマはするなよ」 心配ないとは思うが、任命式で名を呼ばれる友人に釘を刺す。 「もちろんだ。珀こそそのしかめっ面をどうにかしろよ。絳兄上に敬遠されても知らないぞ」 「――なっ?!」 そうだ、友人に口で勝てるわけがない。 何せ、珀明の敬愛する絳攸と仲がいい。 切り札を出され、珀明は二の句が継げない。 悔しいことに、あっさりと倍返しされた。 彩虹。 懐かしい名を聞いた、と邵可は思った。 先王時代に一度だけ授与された、それ。 まさか、もう一度耳にするとは思わなかった。 特別位の意味するもの。 彩は彩雲国。 虹は彩八仙(王の紫を抜いた)を指す。 つまり、この名は王に花を下賜されることよりも、重要なことである。 差し詰め、霄太師が関わっていることだろう。 若い王がそれを知るはずがないからだ。 相変わらず、抜け目がないジジイだ。 内心舌打ちをする。 娘は初の女性官吏。 息子は特別位を授与された官吏。 二人の歩む道が平穏であるはずがない。 しかし、祈らずにはいられない。 願わくば、子どもたちが幸せであるように。 2007.5.26 修正2007.8.15 |