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「じゃ、じゃあ、どうやって知り合ったの?」 「龍山で笛吹いていたら、会ったんだよ」 「は?」 簡潔に話しすぎたのか、秀麗たちにはいまいち伝わっていないらしい。 首を傾げているので、付け足して話す。 「笛吹いていたら人の気配感じてさ。それが絳兄上だったんだよ」 なぜ龍山で笛吹いていたのかは置いといて問題は絳攸だ。 山とは縁がなさそうな絳攸がどうしてそんなところに……? 一人で山になど入ったら、持ち前の方向感覚で遭難してしまうだろう。 「――まさか」 今まで黙っていた静蘭が口を開く。 秀麗にもピンときた。 「そう、ね」 「そう言えば、秀麗が貴妃になっていたときに、絳攸殿の姿が見えなかった日が一度あったね」 昼前に会ったのに、と邵可。 と、言うことは朝廷で迷っている間に外に出て、龍山で迷子に……? どうやってだ?! 皆の心が一つになる。 それから、秀麗は絳攸が来るたびにこのことを思い出す。 「朝廷からどうやって龍山まで行って迷子になったんですか?」 聞きたいのに聞けない。 方向音痴を認めていない絳攸は違うと言うだろうし、第一そんなこと聞いたら失礼だ。 真実は絳攸のみぞ知る……かもしれない。 「何? それは本当か?!」 パチリと扇を閉じ、上司は絳攸を見る。 嘘は許さない。 吐いたらどうなるか分かっているだろう。 圧倒的な威圧感を受けて、ゴクリと唾を飲み込む。 「はい。黄尚書が後見についてくれる、と言っておりました」 バキッ。 上司が持っていた扇が真っ二つに折れる。 ああ、今日も仕事が片付かないかもしれない。 絳攸は内心でため息を漏らす。 そんなに怒るのなら、さっさと名乗り上げてしまえばいいのに。 後、兄家族に向けている情の半分……いや、十分の一でもいい。 吏部の人間にもわけてくれればいいのに。 叶うことはない夢を描く。 「絳攸」 名を呼ばれ、ドキリと胸が跳ねる。 「な、何でしょうか?」 恐る恐る顔を上げてみれば、口元を上げて笑っている。 いや、目は冷ややかで笑ってなどいない。 「お前に仕事をやろう。私の代わりにこれらを片付けておくように」 「イヤです。それは吏部尚書の判子が要るものです。ご自分でなさってください」 溜まりに溜まっている仕事の山に目を向ける間もなく即答する。 「代理でお前がやっておけ。私は今から出かける」 「ちょ、黎深様。お待ちください!!」 「――絳攸。この私が決めたことなんだ。嫌だなんて言えると思っているのか?」 立ち上がり、見下ろす黎深に「うっ」と唸る。 返事とも取れる絳攸の反応に、黎深はさっさと出て行く。 目的地はもちろん鳳珠のところだ。 「よくも私の可愛い可愛い甥を!!」 行方不明になっていた甥が帰ってきたのがこの春。 何とも不愉快なことに、友人の邸で働いていた。 と、思っていたら今度は部下なぞにして傍で働かせている。 その上後見なんかに……。 羨ましすぎる。 自分なんてようやく最近、素性を隠して話せるようになったというのに。 メラメラと嫉妬の炎がわく。 誰が可愛い甥をやるもんか! 震え上がり道を開ける官吏たちに、目もくれずに戸部を目指す。 壊滅的なダメージを負っている戸部に、さらなる被害が及ぶまで後少し……。 「黄尚書、剣借りますね」 燕青と違って武器を持ってきていない。 相手が丸腰なら素手でもいけるが、武器を持った連中相手だったらそうはいかない。 「好きにしろ」 了解が出たところで剣を取りに行く。 黄邸で働いていたこともあり、場所は分かっている。 その間に燕青は罠を作っていく。 もちろん鳳珠に許可済みだ。 「燕青、あいつは強いのか?」 邸の中に入っていったはずの鳳珠が燕青の後ろにいた。 「んー、俺には劣るけど強いですよ」 せこせこと罠を作りながら答える。 「俺のことを知ってるなら分かるでしょ? 強さなら悠舜もお墨付きですって」 悠舜の名に、鳳珠の眉がピクリと上がる。 燕青の口から聞くのは腹が立つが、あの悠舜が認めている。 それならば、鳳珠は素直に信じられる。 胸を撫で下ろし、燕青に気づかれぬようにホッと息を吐く。 「ならばいい」 ふいっと向きを変え、邸の中に戻っていく。 完全に気配が感じられなくなってから燕青は振り返った。 先ほどまで鳳珠がいた場所。 「相変わらず、だなぁ」 「何がだ?」 ひょいといつ戻ってきたのか、燕青の顔を覗き込んでくる。 「よお、おかえりー。早かったなぁ」 「まあ、ここで働いていたしな。で、何がだ?」 「んー? やっぱりお前は人をタラシこむのが上手いなってー」 褒め言葉には聞こえない言葉に、燕青が殴られたのは当然と言える結果だった。 衝撃の告白で劉輝はヘコんでいた。 まさか、あの青年が秀麗の弟なんて……。 「詐欺だぞ」 二人を見比べても、全然似てなんかいない。 平凡な容姿の秀麗に比べ、弟は派手で華やかだ。 背も高く大人っぽい顔立ち。 あれで劉輝よりも年下だから驚いたものだ。 容姿と年齢のギャップに騙されたのは二人目だ。 ズーンと沈み込む劉輝に、絳攸と楸瑛はため息を吐いた。 「どうにかならんのか、あれ」 「ちょっとショックが大きすぎたみたいだね」 未来の義弟(予定)から受けた仕打ち。 ご飯を食べ終わってから、ずっとああしている。 最初は可哀相だと声をかけて励ましていたが、もういい加減しつこいので放っておいている。 「しかし、意外だったね。彼は始めから主上の正体に気づいていたようだし、それなりの態度で接するのかと思いきや、あれだ」 明らかにわざと挑発して、家に行かないと言わせた。 言葉の端々に棘があり、もしかしなくても嫌っている。 これにはニブニブの劉輝も気づいたらしい。 部屋の隅でのの字を描き、体を丸め影を背負っている。 情けない。 あれが一国の王なのか。 もう一度絳攸はため息を吐き、部屋の出口へと向かった。 「どこに行くんだい?」 「外の空気を吸ってくる」 「君一人じゃ迷子になるだろ? どれ、私も一緒に行こうか」 嬉々として絳攸の隣を歩く楸瑛。 いつもなら怒るはずの絳攸も黙認する。 諦めたとか、迷子になりそうだとかの理由ではない。 一言で言えば、この部屋から出たかった。 もっと言えば、劉輝から離れたかった。 そのぐらい、今の劉輝はどんよりしていてヤバイ。 その暗さだけでカビやらキノコやらが生えそうな勢いだったりする。 「余の明るい家族計画が……」 ブツブツ言う劉輝のその言葉を最後に二人は戸を閉めた。 馬鹿弟子が始めて俺様に『友』を紹介してきた。 不思議なガキだ。 見た目通りの歳かと思えば、その割に自我ができている。 普通、図体が馬鹿でかい奴でも俺様が睨みを効かせればビビッて黙る。 しかし、このガキは違う。 キッと俺様を見上げ、生意気にも意見してきた。 この俺様に盾突くなんて面白い。 馬鹿弟子もたまには良い拾い者をするな。 何せ、このガキは邵可と薔薇姫の子だ。 紅家の中でも紅家らしい邵可と、縹家に囚われていた異能力者薔薇姫。 その二人の子はどんなものになるだろうか? 考えるだけで顔がニヤつく。 そして、中身と合っていないアンバランスさ。 あいつは間違いなく男ではなく女だ。 俺様の直感は外れたことがない。 これからが楽しみだ。 2007.2.22 |