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「いっちゃうの?」 舌っ足らずで聞く我が子に、薔君は僅かに顔を上げた。 行っちゃうの?ではなく、逝っちゃうの? 幼いながらも聡い子に目頭が熱くなる。 思えば、この子は生まれたときからおかしいところがあった。 本人は上手く隠しているつもりのようだが、母親である薔君にはバレバレである。 この血に流れる異能の力。 それが男である我が子に受け継がれてしまっている。 これから、その力で苦しむことになるだろう。 容姿も似ている上、力を持っていては縹家も動く。 邵可でも守りきれるかどうか……。 「我が背の君、どうかあの子を守っておくれ」 死の間際、薔君は邵可にそう言い残した。 「静蘭、あの子がどこにもいないの!」 うわーんと大泣きする秀麗を困ったように静蘭は宥める。 いつもなら、この時間には家族全員が集まる。 今日は二人足りない。 ようやく五歳になったばかりの秀麗の弟が帰ってこなくて。 そわそわしていた邵可が誰かからの手紙を受け取り読むと、あっという間にどこかへ行ってしまった。 床に落とされた手紙は、いなくなったあの子の字。 ちょっと、彩雲国を回ってきます。捜さないでください。 紙に書かれたのは、たったの二言だけ。 それも、ちょっとそこまで遊びに行って来るという軽いノリ。 静蘭も出来るなら邵可のように捜しに行きたかった。 そして、見つけて叱って理由を聞いて抱きしめて……。 それをしないのは、泣きじゃくり自分を放さない秀麗がいるからだ。 きっと、邵可なら見つけて連れ戻してくれる。 静蘭はそう信じて、涙を流す秀麗の頭を撫でた。 邵可の眼前には、心から愛した女がいた。 しっとりとした清らかな美貌を持ち。 形のよい唇は艶やかに紅く、睫毛が烟るよう。 夢を見ているのかと錯覚する己に彼女は話しかけてきた。 「お帰り」 心地よい優しい声は、低く男のもの。 自分に伝言を届けにきてくれた黄尚書の言葉を思い出す。 手紙一つ残して消息が掴めなくなった息子。 己の力をしても、紅家の力をしても捜し出すことはかなわなかった。 その彼が、自分の手の届くところにいる。 邵可は二度と見失わないように、立とうとする彼に抱きついた。 もう、放さない。 失うのは嫌だ、と。 黎深「鳳珠、よくも私の可愛い可愛い甥を……」 鳳珠「…………(真剣に読書中)」 黎深「? 珍しいな、君が読書なんて(ひょいと本を覗き込む)」 鳳珠「…………」 黎深「これ、まさか君まで読んでいたなんて」 鳳珠「……触るな! この本は作者直筆の原本だ」 黎深「は? 直筆って本人に会ったのか?」 鳳珠「ああ。書店に出ていた新刊を家人に駄目にされたら貸してくれた」 黎深「な、何でそれで貸してくれるんだ。元から知り合いみたいじゃないか」 鳳珠「――知り合いに決まってるだろ」 黎深「! そ、それなら、ゴホン。君の友人であるこの私を……」 鳳珠「言っておくが、作者は貴様の甥だぞ」 黎深「へ?」 鳳珠「紹介するなら、まずは貴様の正体を話さねばなるまい」 黎深「(ガーン!とショックを受ける)」 鳳珠「できるのなら、紹介してやろう」 絳攸は呆然としていた。 どこをどう間違ったのか山の中にいた。 確か数刻ほど前には府庫にいて……。 気づけば、周りには木しかなかった。 おかしいおかしいと思うほど、山の奥へ行ってしまう。 このまま遭難かと頭を抱えたときにそれは聞こえた。 笛の音だ。 美しい旋律に誘われるように足は進む。 助かったと安堵の息を漏らすが、どう声をかけようか? グルグルと考えていると、急に音が止まった。 「誰だ?」 鋭い声に思わず隠れるが、相手は一直線にこちらへ向かってくる。 「どなたですか?」 さっきとは打って変わって穏やかな声。 そろりと姿を見せて、名乗ろうとして固まった。 その男は春雷の中見た幽霊と酷似しているのだ。 取り乱しそうになるのをグッと堪えて、何とか口を開いた。 2006.11.7 修正2007.9.2 |