「あ、絳兄上!」

「そうなんですか。絳兄上は……」

「明日も仕事頑張ってくださいね、絳兄上」

 おかしい。

 どうしては絳攸を兄と呼ぶのだろうか?

 そう言えば、初対面ではなかったようだし、どうゆう関係なのだろうか。

 一番初めに浮かんだ理由は、旅先で知り合いになったこと。

 はあちこちを旅していたので、貴陽以外にも友人が多いらしい。

 その中の一人かもしれない。

 しかし、それなら旅先での話もするだろうから違うかもしれない。

 二番目に浮かんだのは、働き先で知り合ったこと。

 常連さんなら顔見知りになり、打ち解けて仲良くなることもある。

 あ、でも、は貴族の邸宅で働いているみたいだから違うかもしれない。

 三番目に浮かんだのは、絳攸の家で働いていると言うこと。

 今までの中で一番しっくりとくる。

 これで決まりだと手を叩く秀麗だが、肝心の部分が解決されていない。

 即ち、どうしては絳攸を兄と呼ぶのか。

「あー、もう! 分かんないわ――!!」

 分からないもどかしさを麺生地にぶつける。

 その絶妙な力加減は職人をも唸らせる見事なものだ。

「秀麗、茶器は……」

 もう一度麺生地をぶっ叩こうとしていると、後ろから声をかけられた。

「! と、父様、驚かさないでよ。茶器ね。私が用意して持って行くから、あっちで待っていてよ」

「うん、ありがとう」





 出来上がった饅頭と一緒にお茶を出し、秀麗は先ほど悩んでいたことを邵可に打ち明けた。

「父様はどう思う?」

「う〜ん、そうだねぇ。絳攸殿の家で働いていないことは確かだよ」

 が帰ってきたのを知らせにきてくれたのが鳳珠だった。

 彼の口からハッキリと自分の家で働いていると告げてきた。

「旅先であったのも違うと思うよ」

 会っているなら絳攸は知らせてくれる。

 いつ、どこどこでお会いしました。

 邵可に言わないにしても、黎深には話す(もしくは吐かされる)だろう。

 話したのなら弟のことだ、嬉々として邵可に伝えに来る。

「働き先で会うこともないと思うよ」

 鳳珠と絳攸は友人ではない。

 養い親である黎深ならありえるが、秀麗の前にも名乗り出ることもできないからに話しかけて知り合いになることはないだろう。

 残る可能性は……?

 真っ先に思いつくのは、が絳攸を弟の養い子だと知っているということ。

 血は繋がっていないにしても、二人は従兄弟同士である。

 兄と呼んでもおかしくはない。

 そう考えればすんなりと納得はできるが、なぜがそのことを知っているのかが気にかかる。

 隠しているわけではないが、邵可と黎深が実の兄弟で直系だと知っているものは意外と少ない。

 紅一族とは絶縁状態なこともあり、邵可からはに伝えたことはない。

 誰かがに教えたのか、又は自力で調べたのか。

 最愛の妻が死ぬ間際、言い残した言葉がある。

「我が背の君、どうかあの子を、を守っておくれ」

 は幼い頃から、何かが他の人とは違った。

 今思えば、薔薇姫の血のせいかもしれない。

 縹家の異能の力。

 女性が持つと言われているが、稀に男性ももつことがあると言う。

 低い確立ではあるが、がそうなのかもしれない。

 異能の力でそれを知り、絳攸を兄と呼ぶ。

 妥当な線だとは思うが、それだと絳攸が許しているところだが引っかかる。

 結局のところ、邵可にも分からなかった。





「ただいま〜」

 が帰ってきた。

 分からないなら、本人に直接尋ねればいい。

 ご飯を食べながら、秀麗と邵可は目配せをする。

 よし、今だ!

 聞くぞ。

 ゴクリと生唾を飲み込み、さり気なさを装って聞いてみる。

「ねえ、。何であなた、絳攸様を兄と呼んでいるの?」

 言った、言ったぞと心の中で握り拳を作る。

 邵可はご飯を口に運びながらも、目だけはから離れていない。

 パッと見怖い。

 異様なプレッシャーを感じて、静蘭が心の中で引き気味なのを本人たちは知らない。

「旅をしているときから、絳兄上のことは聞いていて尊敬してたんだ。で、会ったら会ったで思ってた以上の人で、兄がいたらこんな感じだろうなって。それに兄上って呼んでも怒られなかったし、今では実の兄のように思ってるよ」

 あっさりと口を開く。

「あら、それで兄上なのね。良かった、これですっきりしたわ!」

 うんうん、分かる!と頷く。

 実は秀麗も似たようなことを思っていた。

 秀麗の場合は兄上じゃなく師としてだが。

 貴妃となり、政事を学んだときに心から素晴らしい人だと尊敬していた。

 滅多に褒めない人なので、褒められたときはすごく嬉しかった。

 また、教わりたいなぁと思っていることは内緒である。

 だって、女は官吏になれない。

 自己満足のために、絳攸の貴重な時間を割いてもらうことなんて出来ない。

「そう? そんなに気になってたんだ」

 笑うに、静蘭は首を捻る。

 この間、楸瑛に話していた内容とちょっと違う。

 は絳攸を従兄弟だと知っていた。

 なぜそう言わないのかと考えて、にこにこ笑う秀麗を見て納得した。

 秀麗は絳攸を従兄妹だとは知らないのだ。

 彼の養い親が自分の父親の弟だと言うことも……。





2006.11.13