秀麗が帰ってきてから、頭にはの作った簪が挿されている。

 弟からもらった大切なお土産を、毎日ご機嫌な様子で毎朝セットしている。

 昨日、大好きな胡蝶に褒められ、どこで買ったのかと尋ねられた。

 そのときは、弟からのお土産だからと答えたが、秀麗自身も気になっていた。

 この簪を渡して見せたときの胡蝶の驚き。

 さすが貴陽花街筆頭の名妓だ。

 瞬時に簪の見事さに気づいた。

「よかったら、この簪の作者を聞いてくれないかい?」

 真剣な眼差しで言われ、快く引き受けた。





 四人分のご飯をよそってから、秀麗はまだお土産のお礼を言ってないことを思い出した。

「ねえ、」

「何?」

「簪ありがとうね。それでね、聞きたいことがあるのよ」

 ついでとばかりに、胡蝶の頼まれごとを聞く。

「この簪の作者って誰なの?」

「は?」

 まぐまぐと食べていた箸を止め、不思議そうに目を見開く。

「どうしたの? いきなりそんなこと聞いて……」

「胡蝶妓さん……仕事先でよくしてくれる人がね、この簪を褒めてくれてね。その人が聞いてきたの」

「――様、私もこの頂いた短刀のことをお聞きしてもよろしいですか?」

 秀麗に続いて静蘭も気になっていたようだ。

 邵可のお土産は手作りだと知られているので、大人しくご飯を食べている。

 もちろん、きちんと聞き耳を立てながら。

「いや、別に大したもんじゃないよ?」

 困惑気味のに、秀麗と静蘭は否と言う。

「何言ってるのよ! 後宮の貴妃が持っていたとしてもおかしくないほどの一級品じゃない!!」

「そうですよ。これほど見事なものはそうありません」

 熱弁しだす二人とは逆に、の端麗な顔は歪められる。

 悩ましげな表情に秀麗の胸はドキンと鳴る。

 家族という贔屓目から見ても弟のは美しい。

 十五となった今は、昔のように女と間違われないにしてもそこらの女よりも綺麗だ。

 静蘭に絳攸、楸瑛、劉輝。

 秀麗の周りにいる男は皆美形だが、その中でも「美しい」「綺麗」と言う言葉は誰よりもが似合う。

 やはり、母親と酷似しているせいだろうか。

 と再会したとき、亡き母が母が帰ってきたのかと思った。

 でも、母よりも高い身長に低い声がそれを否定した。

 もう会えない母に重なる行方不明だった弟。

 あのときのように失うのは何よりも恐い。

「秀姉上?」

 急に黙ってしまった秀麗を心配して声をかけた。

「そんな泣きそうな顔しないでよ。私が虐めてるみたいじゃないか」

 仕方ないとため息を吐く。

「お土産は全部私が作ったんだ」

 投げやりに早口でまくし立てた。

 お土産は全部私が作ったんだ。

 私が作ったんだ。

 私が。

 私って……が?

 六つの目がに向けられる。

 それから、たっぷり五秒経ってから紅邸に悲鳴が上がる。

「え、ちょ、嘘でしょ?!」

「様の手作り?!」

「えぇっ! 私の湯呑みだけじゃないのかい?!」

 若干一名違うところで驚くのはさておき、は居心地悪そうに頭を掻いた。

「手作りで悪かったな。どーせ、私は金ないよ」

 ズーンと沈み、床にのの字を書く。

 誰も悪いなんて言ってないが、先ほどの悲鳴を落胆のものと勘違いしたらしい。

「ちょ、違うわよ! の手作りと聞いて嬉しいに決まってるでしょ」

「そうですよ、様!」

「うん、そうだよ。一生大切に使わせてもらうよ」

 必死で誤解を解こうとするが、それが逆にには取り繕っているように見えた。

「……別にいいよ。ご馳走様」

 ふらりと立ち上がると部屋に行ってしまった。

「いや――――! がぁー……」

「完璧に誤解していますね」

「う〜ん」

 本当に秀麗たちは嬉しかった。

 だけども、それよりも驚きが前面に出てしまった。

 こんな見事な簪を作れるなんて思うわけないじゃない!

 湯呑みまでならまだしも、静蘭の短刀まで……。

 うぅっっと呻いてが座っていた場所を見る。

 弟一人がいないだけで、その後の夕飯は随分と暗いものになった。





 次の日、説得に説得を重ねての誤解が解け、秀麗の気分も大分良くなった。

「秀麗ちゃん、聞いてくれたかい?」

「あ、胡蝶妓さん!」

 気になっていたのか、秀麗のことを待っていたようだ。

「実は、弟の手作りだったんです」

「何だって?」

 胡蝶が驚くのも無理はない。

 秀麗も昨日、随分と驚かされたから。

「が私のために作ってくれたんです」

 秀麗にしては珍しく、緩みまくりの顔で笑う。

 さすが親子。

 邵可の笑顔にそっくりだ。

 胡蝶は秀麗の弟大好きっぷりは知っていたが、こんな笑顔を見たのは初めてだ。

 自分には出せないと悔しがるも、頭の中で秀麗の言葉が反芻(はんすう)された。

「秀麗ちゃんの弟が作っただって?!」

 行方不明だった秀麗の弟は簪職人になったのかと思うがそれはないだろう。

 邵可の湯呑みを作ったと羨ましげに言っていたのを秀麗から聞いている。

「良かったら、あたしに……この胡蝶に紹介してくれないかい?」

 胡蝶は思わずそんなことを言ってしまう。

「こ、胡蝶妓さん?!」

 ギョッと慌てふためく秀麗に、胡蝶はフッと笑いを零す。

「よろしくね、秀麗ちゃん」

 簪にあった名前。

 間違いでなければ、秀麗の弟があの人かもしれない。

 とりあえず簪の作者が分かり、安心したのか胡蝶は眠くなってきた。

 本来なら、まだ寝ている時間だ。

「おやすみ」

 一言秀麗に残してから自分の部屋へと向かう。

 うつらうつらしてきた意識には限界がきている。

 布団の上に倒れこむと、あっさりと夢の中へ旅立った。





2006.10.25