「――ところで、こちらの方を紹介してもらえない?」

 団体客を捕まえて、秀麗のご飯を食べながら劉輝を見る。

「ムッ。そなたこそ、自己紹介をせぬのか?」

「ちょっと、劉輝。この子は私の……」

「いいよ。自分で言う」

 秀麗の言葉を遮り、姿勢を正す。

「私は紅と申す。(姉の)秀麗に対してべたべたする(元夫の)貴方はどなたでしょうか?」

 表情はあくまで笑顔にして、言葉に棘を含ませる。

 静蘭が戸惑うように眉を寄せ口を挟もうとするが、その前に私は再び言葉を紡ぐ。

「私の(大切な姉上という)大事な人に手を出そうものなら、一切の手加減はいたしません。肝に命じておいてくださいね。――まあ、闇討ちしても死にはしなそうですが」

 ゴキブリ並みの生命力、と穏やかに笑む。

 プルプルと震える劉輝に呆気に囚われる絳攸たち。

「今後、目障りなので我が家で見かけたら、即刻叩きださせてもらいます。『夜這い』を仕掛けようとする方に出す茶などございませんので」

 さらりと追い討ちをかける。

「よ、夜這いですって」

 カーッと赤くなり、劉輝を怒ろうとする秀麗だが。

「何だと! 大人しく聞いておれば、誰がそなたの家になぞ行くか」

 キレるのは劉輝の方が早かった。

 ハイ、私はその言葉を持っていました。

「良かったです。そう言って頂けて安心しました」

 言葉を切り、秀麗へと向く。

「――というわけだから、秀姉上。彼は二度と我が家の敷居を跨がないそうですよ」

「へ? い、いいい今何と……」

 目が点になり、固まる劉輝に静蘭がそっと教える。

様は邵可様のご子息です。つまり、お嬢様の弟君です」

「初めまして、名前の言えない方」

 にっこりと母譲りの微笑を劉輝へと向けた。





「相変わらず、性格悪いなーお前」

「うん。でも、静蘭には負けるよ」

「いや、いい勝負だと思うけどなー」

「寝言は寝てから言え。今から話しに行くのか?」

 燕青の顔から髭はなくなり、前髪を少し切ってさっぱりしている。

 黄尚書には及ばないが、なかなかの別人ぶりだ。

「ああ、の言う通り、主上ってば近くにいたなー。忍び込まなくて良かったよ」

 へらへらと笑う燕青だが、本気で行動しようとしていたらしい。

 全く、と私は今更ながら呆れてしまう。

「んじゃ、私は寝るからな。しっかり話してこいよ」

「おう。オヤスミー」

「ん、おやすみ」

 燕青を見送ってから部屋に戻ると、静蘭が正座して待っていた。

 原作で燕青と劉輝との会話を盗み聞きしてたから、てっきり部屋にはいないと思ってたのにどうしたんだろ?

「静蘭、まだ寝てなかったの?」

 そう軽く聞こうとして、静蘭の様子がおかしいことに気づいた。

 真剣な眼差しでこちらを見てくる。

 決して秀麗や私には見せない類のもので……。

 これは、怒っているのか?

 さっき劉輝を虐めすぎたから……。

 原作読んで劉輝が良い子だってことは分かっている。

 だけど、秀麗の弟として彩雲国で過ごしたらその印象は変わってしまった。

 王位争いを実際に受けたからなぁ。

 どうしても、憎さが残ってしまう。

 すぐに許せるほど私はまだ大人なんかじゃない。

「――様にお聞きしたいことがあります」

 否定することを許さない王のそれ。

 やっぱり、静蘭は王族の人間なんだってしみじみ思う。

 本人は気づいているかな?

「何を?」

「この十年余りの間、どこで何をしていらしたんですか?」

 含むところは何だろう?

 旅をしていたときのことは、当たり障りのない程度のことは適当に話した。

 純粋な秀麗に血みどろの汚いことを知られて、拒絶されるのが怖かったから。

 いや、秀麗はその全てを受け入れてくれると思う。

 それが私は嫌なんだ。

 背負わしているみたいで。

 でも、本当は知られたくないだけかもしれない。

 だから、肝心な部分をうやむやにしたりして伏せたんだ。

 静蘭はその私の隠したいことに気づいているのだろうか?

 とりあえず、誤魔化すか。

「前に話したじゃん」

「先ほどの剣は誰に習ったものですか?」

 うん?

 何だ、知りたかったのは剣の腕前のことか。

「名前は知らないよ。私は師(せんせい)としか呼んだことないし」

 龍蓮と旅をしていた二年間、師から様々なことを学んだ。

 剣もその中の一つだ。

「知らないのですか?」

「うん。師は自らを師と名乗り、最後まで本名を喋らなかった人だから」

 龍蓮の師として最高の人だったが、いかんせん変な人だった。

 まあ、あの人自体天つ才って感じだから、三人でいるときにおかしいのは私だったけど。

「ねえ、静蘭。今度、剣の相手をしてよ」

 剣を持つものとして、一度は手合わせをして見たい。

 団体客を片付けながら横目で見たその技量。

 同じ男(精神的には女だけど)として、剣を交じ合わせてみたいって思った。

 実力の差は歴然としているが、当たって砕けるのもたまにはいい。

 好奇心が満たされるなら、多少の怪我なんて構わないし。

……痛いのは嫌いだけど、静蘭ならそんなヘマしなさそうだし。

 あー、考えるだけで面白そう!

「私が、ですか? 様相手に剣など振るえませんよ」

 苦笑を漏らす静蘭の纏う空気から刺々しいものがなくなる。

 やっと和らいで、いつもの優しい空気になる。

「おやすみ、静蘭」

「おやすみなさい、様」

 明日も仕事が待っている。

 少しでも眠って体力を回復しとかないと地獄を見る。

 目蓋を落とし、闇に身を預ける。

 そーだ、夕方には薔君の墓参りもある。

 帰ってきてからまだ行ってない……よ。

 うっわー、私ってば親不孝もんだ。

 ゴメンね、薔君。

 旅をしていた十年分のことを、薔君には包み隠さずに話すから。

 それに免じて許してよ。

 それにしても、全部……って、どっから話そうかな?





2006.11.10
修正2007.9.2