「あの元気な二人がいないと、この室も寂しいですね、鳳珠に君」

「……その名で呼ぶな」

「いいじゃないですか。君も知っていますし。大体奇人なんてみっともない名では呼べません」

 そうだよね。

 柚梨が「奇人」なんて穏やかな笑顔を浮かべて呼んだら怖いもんな。

 何か嫌がらせに思えてしかたない。

「燕青さんはさすがに無理としても……秀くんなら」

 あれ、やっぱりこの人気づいてなかったんか。

 ほら、黄尚書も呆れ気味にため息なんか吐いちゃってるよ。

「では、くんはどうですか?」

 いや、私に聞かれても困るよ。

「鳳珠様に尋ねてください。雇い主なんですから」

 そうだよね。

 そろそろ皆復活してくるし、どーすんだろう?

 私としても非常に気になるよ。

 黄尚書の返事を待っているが無言。

 ジッと仮面の奥の表情を見てると、眉寄せて珍しく悩んでる。

 いつもだったら、ハッキリスッパリ即決するのにどーしたんだろ?

「鳳珠、どうなんですか?」

 焦れたのか、柚梨が聞いてくる。

「――わ……」

「向こうへ逃げたぞ」

 せっかく黄尚書が口を開こうとしたら、これだ。

 衛士たちの怒鳴り声でかき消されてしまった。

「猟犬でも逃げたんでしょうか?」

 半分ひらいた窓を見ると、怪しすぎる黒装束の二人組みが現れた。

 突然のことに黄尚書と柚梨はポカンとしている。

 私はもちろん知っていたので、平然とこの成り行きを見守らせてもらう。

「うおっ、こ、こんなところに怪人仮面男が――曜春! ここは死んだふりだ!」

 二人がバタリと倒れて死んだふりとしかけ、これがクマと出会ったときの対処だと気づく。

 次は塩。

 でも、それはなめくじの対処法。

 砂糖、とんがらしと次々言い出すが、何かコントを見てるみたいだな。

 真剣な分、余計に面白い。

 面白がっている私とは反対に、柚梨が宥めようとするが時既に遅し!

 塩かけられてぷっちんきた黄尚書が仮面に手をかけて外した。

 嗚呼、相変わらず麗しいお顔。

 本当に女じゃないのが残念だな。

 あまりの美しさに固まる二人に黄尚書が歩み寄って行く。

 そして、その手を伸ばし……。


 ぺしこん。


 やる気のない音が場を支配した。

 出所はもちろん私だ。

 そこら辺の紙を丸めて、黄尚書の頭を叩(はた)いたのだ。

「駄目ですよ。一応、これら私の知り合いなので、気功使うのは止めてくださいね」

 ジロリと睨んでくる黄尚書だが、そんなんじゃ私は怯まない。

 ふふん、美人は三日で飽きるのさ!

 最初こそはドギマギしてたが、だんだんと免疫がついてきた。

……飽きはしてないけどさ。

「気功の達人の鳳珠様ですけど、手加減する気ゼロじゃないですか。それなら駄目です!」

 強い口調でピシャリと言い放つ。

 ムッとする黄尚書だが、その通りなので反論はしない。

 よしよしっと思ってると、距離をとった曜春たちはようやく私に気づいた。

「ぬをっ! ではないか? 助かったぞ、礼を言う」

「ありがとうございます」

「いや、いいよ」

 だから、変なことは言わずに帰れよな。

 あ、でも、そうしたら秀麗たちは黄尚書の素顔を拝めないな。

 ちょっと悩むなぁ。

「しかし、に曜春よ。 やばいぞその男っ! 我々を石にする気だっ! 目を合わせちゃいかん!」

「ええ。まだ仮面をしてたほうがましでしたねッ」

 うわっ、火に油注いじゃったよ。

 あーあ、黄尚書のこめかみに青筋が浮いちゃった。

 さすがに、これは止めないよ。

 とばっちりはごめんだもん。

「……人の顔をごちゃごちゃと……私は猛獣か?」

 再び近づくが「名誉の撤退」と二人は逃げてしまった。

 しょうがない。

 せめてもの気持ちで、床に落ちた仮面を拾ってあげ、かかっていた塩を払ってあげる。

「はい、どうぞ」

「……まったく、これを外すことになろうとは思わなかった」

 仮面を受け取ると、人が来ないうちにとさっさと着けてしまう。

 ちぇっ、もうちょっと見てたかったのになぁ。

くんはすごいですね。鳳珠の顔を見て動じないばかりか、頭を叩くなんて……。吏部尚書以来じゃないですか?」

 吏部尚書という一言に、キッと柚梨を見る黄尚書。

 怒るかと思いきや。

「お前、さっきまで腰に宝物庫の鍵をつけてなかったか」

 逃げたときから気づいてたくせに白々しい。

「あの兄弟持ってちゃいましたね」

 無駄だ、という黄尚書に続けて私も頷く。

「あれは……あれは国にたった一つしかない鍵なんですよっっ!?」

 悲鳴を上げて叫ぶ柚梨だが後の祭りである。

「さて、。お前、あの二人を知っていたな」

 あれ、聞き忘れてても良かったのになぁ。

 凍えそうなほど怖い声に嫌な予感が……。

 さてさて、ここはどう切り抜けようか?

 柚梨の嘆きを聞きながら、私は何て答えようかと首を傾げた。




2006.10.27