私の目の前には、とある高貴な方がいる。

 仕事しなきゃとは思ってたけど、早まったかもしれない。

 いや、これは好機だ!と無理矢理思い込んでおこう。

 面白そうだし。

 朝、道端でじーさんが倒れていて、暇だから私はそれを助けた。

 医者まで呼んで診てもらうとぎっくり腰。

 歳だからなーって思ってると、自分が働いている屋敷に文を届けて欲しいと言ってきた。

 面倒くさいっていつもは断るところ、暇なので了承した。

 座ることも出来ないじーさんの代わりに代筆したが、名前はさすがに書いてもらう。

 一応、医者に診断結果も書いてもらい、じーさんに屋敷までの道のりを教えてもらう。

 ほてほてとやる気なさげに歩いて、着いた先でちょっと驚く。

 大きくて立派な邸だ。

 どこの誰が住んでんのか知らないが、丁度邸から人が出てきたので、これ幸いと文を手渡した。

 役目が終わったー、と帰ろうとして。

「困るわー。今、人手が足りないのに……」

 女の言葉に、思わず自分を売り込んでしまった。

「でしたら、私を雇いませんか?」

 にっこりと背後に薔薇を咲かせて甘い笑み。

 母親似の顔に、十五とは思えないほどの長身。

 自分で言うのもなんだが、落ちない奴はまずいない。

 思ったとおり、女は頷いた。

 ただし、屋敷の主人ではないので、一日働いた様子を見て主人にかけあってくれるということだ。

 テキパキ、キリキリと与えられた仕事を片付けていると、屋敷の主人が帰ってきた。

 え?

 何で家人でないかと分かるって?

 着ているものもそうだけど、何よりもそのお顔!

 イラストで見ましたとも、貴方の顔は。

 仮面被ってるから素顔は分からない黄奇人さん!!

 思わず止まってしまった手を叱咤して動かす。

 でも、ねえ?

 立派な邸だとは思ったけど、まさか黄尚書の邸だとは……。

 女が説明したのか、見知らぬ私がいても怒られることはなかったが、帰り際に呼び止められた。

 何かへまをしたかと思うが思い当たらない。

 ちょっとドギマギしてると。

「お前を雇おう。明日から来てくれ」

 って、脅かすなや。

 安心して了承しようとして、ふと考える。

「できれば、夕方には帰りたいのですがよろしいでしょうか? その代わりに、朝早くから来ますので」

 金のことは黄家の者だし、ケチらないだろう。

 問題は労働時間だ!

 これだけは譲れない。

「仕事をすれば問題ない」

 至極あっさりと言う。

 迷うそぶりが無く、ちょっと味気ない。

 反対されるよりはいいのでよしとしよう。

 あ、そだ。

「旦那様は官吏ですよね。差支えが無ければ、父に伝言をお願いしたいのですが」

 これはダメもとだ。

 ジッと仮面の目っぽいところを見ているとため息を吐く。

 やべっ、怒らせたかもしれない。

 そう思い、黄尚書が口を開くより先に喋る。

「父は府庫の管理をしている紅邵可と申します」

 ピクリとその名に反応を示す。

「――内容は?」

 よっしゃ、と心の中でガッツポーズ。

 不機嫌そうに聞く黄尚書に頭を下げる。

「紅が帰ってきました、と一言お願いします」

「確かに伝えよう」

 ホッと胸を撫で下ろし、もう一度頭を下げる。

「では、失礼いたします」

 意見を変えないうちに、そそくさと立ち去る。

 ま、これで邸に邵可が帰ってきていたら意味無いけど。

 きっと、まだ府庫に泊まっているだろう。

 久しぶりに会えるだろう家族を思い、足取り軽く夜道を歩き出した。





2006.9.29