「秀麗、おめでとう」 背中にかけられた声に、ドキリと胸が跳ねる。 息を整えて振り向くと予想通りの人で心が弾む。 「あら、じゃない」 「あら、じゃないよ。しかし、ビックリしたね。まさか、秀麗が初の女性官吏になっちまうなんてね。おめでとさん」 カラカラと陽気に笑うは、秀麗の頭をクシャクシャと撫でる。 また、子ども扱いをした。 の態度に秀麗は頬を膨らませる。 小さい頃は秀麗よりもちっちゃくて、鳥の雛のように秀麗の後ろをくっついていたものだ。 それが今ではニョキニョキと背が伸び、何かあるごとに頭を撫でてくる。 ずるい、ずるい! 何を食べればそんなにでかくなるのよ! 一度聞いてみたことがあるが、秀麗の食卓に並ぶ菜とそう変わらない。 「は官吏にならないの? 昔は官吏になりたい!って言ってたじゃない」 ずっと一緒に邵可に教えてもらっていた。 いつからだろう。 秀麗の隣にがいなくなったのは……。 「昔は昔。今は今、だろ?」 また、クシャクシャと頭を撫でる。 温かい手が心地よい。 不覚にも泣きそうになっていた秀麗は、その手に安堵してしまう。 もっともっととねだるように身を任す。 といるとすごく安心する。 そして、の手は魔法の手だ。 泣いているとき、その手に慰められた。 怒っているとき、その手に静められた。 落ち込んでいるとき、その手に励まされた。 苦しいとき、その手に奮い立たされた。 悲しいとき、その手で引き上げられ。 嬉しいとき、その手で舞い上がされ。 楽しいとき、その手で分かち合い。 笑っているとき、その手でさらに笑みが零れ。 幸せだなって感じる。 だから、が自分から離れてしまうのは嫌だった。 久しぶりに見上げる顔は大人っぽく、まるで知らない人みたいだ。 この間、街で見かけたときに綺麗な女の人といた。 あの人はの恋人だろうか? 自分の手から離れてどこか遠くへ行ってしまうような気がして沈んでいく。 「は何になりたいの?」 一緒に勉強をしなくなったとき、言えなかった言葉。 口にしてしまえば、嫌でも違う目標だと思い知らされそうで聞けなかった。 「あれ? 秀麗は知らなかったのか」 友達外のない奴ーとピンとおでこを弾かれる。 「な、何よ、仕方ないじゃない。あんたも言わなかったし、聞くタイミングがなかったし……」 秀麗は、ということは邵可や静蘭は知っているのだろう。 のこと気にしてるのを知ってたはずなのに教えてはくれなかった。 もちろん、聞けば答えてくれただろう。 聞かなかった秀麗が悪いのだ。 二人を責められるわけない。 だけど、少しだけ胸が痛んだ。 「あっはっはー。聞いて驚け! 医者だ医者。医者の卵さ」 「はあっ?!」 「葉医師って知ってる? その人の下で勉強させてもらってるんだ」 もちろん、秀麗はその名を知っている。 ちょっと前の夏にも会ったし、色々とお世話になったことがあるから。 それよりも、が医者なことに驚きを隠せない。 「がお医者様?」 「うん。扱かれてるよー。秀麗もこれから大変だと思うけど、負けずに頑張れよ」 破顔するに、昔の面影が重なる。 自分の知っているその表情に嬉しくなり、釣られて笑顔になる。 ああ、何だか沸々とやる気がみなぎってくる。 さっきまで落ち込んでいたのが嘘のようだ。 「当たり前よ! 見てなさい。今に絳攸様のようになってみせるから」 「ハハ、その意気だ。応援してるよ」 「私もよ、。お互い、夢に向かって頑張りましょう」 右手を出して握手する。 秀麗よりも少し高めの体温。 大きな手。 心臓が速くなってくる。 「じゃあ、またな」 「ええ」 秀麗は歩いていくの背中を見送る。 握った手が火のように熱い。 左手で右手を包み込み、ようやく一歩を踏み出した。 今はこの感情に名前は要らない。 知りたくないし、知ってもいけない。 溢れ出そうとする思いに蓋をして封じる。 もう少し大人になってから。 この感情に向き合えるようになったら蓋を開けてみよう。 それまでは、眠らせて……。 幸せな気分に浸らせて欲しい。 再UP2007.9.13 |