初めて会ったのは、李の木の下だった。 二回目に会ったのは、彼女が百合を追ってきたときだった。 三回目に会ったのは、李の木の下で泣いていた。 四回目に会ったのは、百合の紹介だった。 夏の日差しのきつい日。 「はい、黎深様。どうぞ」 差し出されたのは李。 誰にも話していない好物に、僅かに目を開く。 「最近、食が進まないと百合から聞きました。李には食欲増進もありますし、ぜひ召し上がってください」 はにかんだ笑みに、つい手を伸ばした。 口の中に放り込んだ李は、甘酸っぱくするりと喉を通っていった。 にこにこと微笑むと分かれた後、前方から耳障りな声が聞こえてきた。 「あの役立たずのチビ、本当に邪魔だな」 「ああも百合姫に張り付かれていると、手出しもできやしねぇ。いっそあのチビを……」 「お前、幼女趣味なのかよ」 下卑た笑いを浮かべる官吏たちに向かい、黎深は真っ直ぐ進んでいく。 都合がいいことに、お喋りに夢中なようで前を見ていない。 自分の肩に相手の肩をわざとぶつけてやる。 「何しやがる!」 待て!と粋がる男はひどく怒っている。 黎深は口元を扇子で隠し、ゆっくりと振り向く。 「なっ?!」 黎深の姿を確認し、官吏たちは絶句する。 「……紅官吏」 「私に何か?」 冷ややかな目で上から見る。 蛇に睨まれた蛙。 二人の官吏は黎深の雰囲気に飲まれ、すっかり萎縮してしまっている。 クッと喉で笑うと、ビクリと官吏の体が震える。 「星官吏。確か、今日中に提出する仕事があったはずですが、私の記憶違いのようでしたね。このようなところで、談笑する余裕がおありのようですし」 「そ、それは……」 顔面蒼白になる星官吏の仕事はまだ終わっているわけがない。 近くの席に座っているため、どのくらいの量か分かる。 彼の腕では今日中に終わるかも怪しいところだ。 「心配せずとも、尚書には私から言っておきましょう」 ホッと胸を撫で下ろす星官吏。 「どうやら、余裕で終わらせたようなので、次の仕事を回してください、と」 「そ、そんな、紅官吏!」 懇願してくる男を切って捨てる。 「――人のことを言う間に、自分のことをしたらいかがですか?」 ガクリと膝を突く星官吏を一瞥し、何事もなかったように立ち去る。 周りに人がいなくなった途端、冷ややかな笑みは怒りの表情へと一変する。 口元を覆っていた扇子はピシャリと閉じられ、力の入れすぎで折れそうにキシキシと音を立てる。 あの二人の官吏、叩けば埃が出てくる。 を貶めてくれたんだ、徹底的に叩いてやろう。 目蓋を閉じれば、はにかんで笑うの姿がよみがえる。 ああ、可愛かったな。 幸せを噛み締めていると、カタリと近くで物音がした。 目だけ向けると、といつも一緒にいる女がこちらを見ていた。 目が合ったのは一瞬だったが、あの驚きを浮かべた表情を見れば、全て見られていたと知る。 まさか、あの女に見られていたとは、とんだ失態だ。 舌打ちするが遅い。 見られたとなれば、何か手を打たなければならない。 本当は厭わしい紅家の力を使い、百合の身辺調査をした。 出てきた中で、目を引くものがあった。 子どもが産めない体質。 その瞬間、一つの計画を思いついた。 は鳳珠が好き、鳳珠は百合が好き。 しかし、その百合が結婚してしまえば、鳳珠はのほうに目がいくだろう。 他に、鳳珠が親しい女性などいないから。 それに、黎深にも好都合なことがある。 「取引だ」 扇子で笑みを隠す。 欲しかったのは、子どもが産めない女だ。 そろそろ紅家の爺どもも煩くなってきたし、丁度よかった。 黎深は己の子どもを望まない。 百合は己の子どもを産めない。 二人はの幸せを望んでいる。 の幸せは、鳳珠と一緒になること。 二人の気持ちは同じだった。 百合は黎深の手を取り、共犯者になった。 結婚。 もうすぐ、あっという間に広がるだろう噂を憂鬱に思いながら、一人廊下を歩いていると聞きなれた声が聞こえた。 そっと部屋の中を覗いてみれば。 「!」 素早く近くの扉に隠れる。 「――」 珍しく真面目な顔をする飛翔に、嫌な予感が胸を過ぎる。 「別れたくないなら、一つ手があるぜ」 言葉の先は、聞かずとも分かった。 望んでいたのは、こんな結果ではなかった! 黎深は激しい憤りを感じ、己の浅はかさを呪った。 この可能性を考えていなかったわけではないが……ギリッと唇を噛む。 は百合に相談できないことを飛翔に相談する。 異性の中で一番仲が良かった。 鳳珠には、鳳珠にだったら許せたのに……! 二人が一緒にいる姿を見ていられなくなって、ふと視線を外すと顔色を変えて足早に歩いている百合が目に入った。 このまま進んでしまえば、飛翔たちに見つかってしまう。 慌てて腕を取り、自分のところに引きずり込む。 驚き、暴れようとする百合の後ろから抱きすくめ、口を塞ぐ。 「私だ。少し、黙っていろ」 言われたとおり、百合が黙り静かになる。 いや、黙ざるをえなかった。 「オレと一緒にならねぇか?」 言った。 ついに飛翔は言ってしまった。 どんなに黎深が言いたくても、言えない言葉を……。 再UP2007.9.13 が出て行くと、百合は黎深の手から扇子をもぎ取った。 文句を言おうとする黎深に目も向けず、勢いよく飛翔の頭目がけて扇子を投げつける。 「ってーな! 誰だ、こんなふざけたことしやがる奴は……」 足元に転がるのは扇子。 「んだよ。文句があるなら口で言えよ、黎深」 黎深もいるが、投げたのは百合だ。 「…………」 黎深は無言で隣を見るが、百合はケロッとしている。 まあ、百合がやらなければ、黎深もやっていたのでよしとする。 百合もそれを分かっているようだ。 「言っとくが、選んだのはてめーだぜ?」 選んだ? 黎深の中で何かが切れた。 抑えようのない殺意が溢れ、射殺すように飛翔だけを睨みつける。 「馬鹿だな」 だが、殺さない。 殺せば、が悲しむから。 ただ、それだけだ。 |