自分を見つめる目が気にいった。

 柔らかく笑む表情が好ましかった。

 心地よい甘やかな声が気持ち良かった。

 作る料理に心を奪われた。

 隣にいるのはいつだって私だと思っていた。



 が鳳珠を好きなことに気づいたのはすぐだった。

 驚いたことには鳳珠に一目惚れし、官吏になる鳳珠を追いかけて難関の女官試験に合格した兵(つわもの)だ。

 だけど、優秀かどうかと聞かれれば、皆首を横に振るだろう。

 は周りの女官たちが呆れるほど何もできないのだから。

 どうしてこんな子が王妃付きの女官になれたのか?

 疑問が解決したのは、同じ王妃の下に仕えてからだった。

 はお茶を入れるのが上手い。

 同じ入れ方をしているのに、決してのような味にはならない。

 それに、お菓子も美味しい。

 女官たちの間でも評判で、他の王妃までもがねだりに来る。

 そればかりか、菜の腕も確かだ。

 病気のときに作ってくれたお粥は、食欲がなかったのにもかかわらず平らげることができた。

 一度食べれば止められない。

 他のことは駄目駄目だが、料理の腕だけで女官になっている。

 そう揶揄するものがいるが、影で百合がしめてきた。

 意外なことにあの男も。

 見てしまったのは偶然だったけれど、百合は必然的に弱みを握ることになってしまった。

 プライドの高いあの男がそれを見逃すほど優しくはない。

――それに……。

 数日前のできごとが蘇ってくる。

「取引だ」

 百合が握ってしまった弱みすら凌駕するほどの弱みを相手は握っていた。

 屈辱を感じながらも条件を飲んだ。

 悔しいがその取引は百合にとって魅力的だったから。

 さあ、大切な親友に話さなくてはならない。

 大丈夫、演じるのは得意だ。

「わたくし、黎深と結婚することにしましたの」

「百合、今なんて……」

「わたくしと黎深が結婚する、と言いましたわ」

「嘘っ?!」

 耳を塞ぐにもう一度告げる。

「いいえ、嘘ではなくってよ。あら、親友の貴方は喜んでくださらないの?」

 コロコロと楽し気に笑ってみせる。

 よろめいて、見上げてくる。

「鳳珠様はどうしたの?」

 消え入りそうな声にギクリとなる。

――まさか!

 百合が何かを言おうとする前に、が口を開いた。

「どうして、黎深様なの?」

 非難するように潤んだ目で百合を見てくる。

 怖くもないが、その目には弱い。

 全てを洗いざらい喋ってしまいそうになるのを必死で耐える。

 ここで話してしまったら、全てお仕舞いだ。

 何より、百合の秘密は気軽に人に話せるものではない。

 知っているのは三人だけだ。

 親友に隠し事をするのは嫌だが、これだけは譲れなかった。

 親には言ってない。

 失望されるのは分かっているから。

「鳳珠様からの求婚を断った……そういうことなの?」

「――っ! 知っていたの?」

 顔が強張る。

 は知っていた。

 知らなければ傷つかずに済んだのに……。

 鳳珠の求婚のことをの耳に入れたものが憎い!

 自分に求婚なんかしてきた鳳珠も許せない!

 話を持ちかけてきた黎深なんか地獄に落ちてしまえ!

 自分のことは棚に上げ、心の中で言いたい放題罵る。

 苛々する気持ちを何とか鎮める。

 黙って頷くに心を決めた。

 顔を上げて笑いなさい。

 笑え!

 自分に言い聞かせ、艶やかな笑みを作る。

「そう、なら、分かるでしょ?」

 何を、とは言わない。

 言いたくない。

 は百合を見ないで駆け出して行ってしまった。

 去っていく背中を見ながら、笑顔が崩れていく。

「これで、これで良かったんですわよね?」

 誰に言うでもなく呟く。

 は鳳珠と結婚して幸せになる。

 友情が崩れてしまったかもしれないが、が笑ってくれればそれでいい。

 ため息を吐きながら歩いていると、顔見知りの女官がこっちへ向かってくる。

「百合、あの話本当なの?」

「あら、何のことですの?」

「惚けないで、のことよ! あの子、女官を辞めて実家に帰るんですって」

「え?」

 色鮮やかな世界が崩れてくる。

 呆然とする百合に、女官は止めを刺す。

「に先を越されてしまったわ。どんな殿方と結ばれるのかしらね」

 羨ましげに口を尖らせる女官を適当にあしらい、百合は黎深を捜した。

 まずいまずいますい!

 計画が狂ってしまう。

 グイッ。

 いきなり腕を取られ、引きずり込まれる。

 パニックになっていた頭はさらに拍車をかけていく。

「私だ。少し、黙っていろ」

 後ろから抱きすくめられて、口を塞がれ身動きができなくなる。

 そのまま、頭を固定されて目に入ったのは。

「オレと一緒にならねぇか?」

 告白している飛翔と。

「え?」

 告白されているだった。

 一体どういうことですの?





再UP2007.9.13







 が出て行くと、飛翔の頭目がけて扇子を投げつけた。

「ってーな! 誰だ、こんなふざけたことしやがる奴は……」

 足元に転がるのは扇子で相手を察したようだが甘い。

「んだよ。文句があるなら口で言えよ、黎深」

 黎深もいるが、投げたのは百合だ。

「…………」

 黎深は無言で百合を見るが、どこ吹く風だ。

 百合がやらなければ、どうせ黎深がやっていた。

 大差ないだろう、と百合の中で結論は出ている。

「言っとくが、選んだのはてめーだぜ?」

 その言葉が耳に入った途端、黎深が一変した。

 隠し切れないほどの殺気を出し、射殺すように飛翔だけを睨みつける。

 百合は内心舌打ちした。

 飛翔の言葉は正しいが、黎深のことや自分のことを何も分かってない。

 分かっていってたなら、性質の悪い嫌味だ。

「馬鹿だな」

 出て行く飛翔を冷ややかに見つめた。

 何も分かってないのはお前だ!

 ギリッと唇を噛み、視界から消えるまでありったけの呪詛を吐いた。