妬ましかった、鳳珠が。

 羨ましかった、悠舜が。

 哀れんだ、黎深を。

 ひた隠しにした、己の思いを。





 という女官は不思議な女性だ。

 女官一美しいと評判の百合姫といつも一緒にいる。

 容姿は平凡。

 しいて言うならば童顔で幼い。

 百合姫がすらっとしている分、余計にちまっと小さく見える。

 デコボココンビだと周りの官吏たちが笑っているのを聞いたことがある。

 優秀で何でもできる百合姫に、ドジでおっちょこちょいな。

 官吏たちが惹かれていくのはもちろん百合姫だ。

 飛翔も始めは百合姫に目がいった。

 噂通りの美しさに教養深さ、それになかなかいい性格をしている。

 何より、鳳珠を見ても動じなかったところが天晴れだ。

 に興味を覚えたのはいつだったろうか。

 とにかく危なっかしい奴だったので、何かと世話を焼いたところから始まった気がする。

 手のかかる妹。

 そんな風に見ていたはずが、いつの間にか特別な女性になっていた。

 そんな中で気がついた。

 が鳳珠を好きなことに。

 まあ、の態度が分かりやすいのもあり、鳳珠以外には暗黙の了解となっている。

 次に気づいた……本人が好ましいと言っていたのが、鳳珠の百合姫に対する想いだ。

 鳳珠的に自分の顔を見て動揺しなかったことがポイント高かったようだ。

 意外だったのは黎深。

 注意深く見ていると、の前では態度が違う。

 兄馬鹿と身内内では高いが、兄といるときをほうふつとさせる。

 これには仲が良い鳳珠も気づいてないようだ。

 を見ていた自分だけからこそ気づいた。

 ドン!

 前方から走ってきた女官がぶつかってくる。

 見覚えのある姿に飛翔は女官の手を取り、後方へ倒れそうになるのを自分の胸へと引っ張り込む。

 しまった、昨晩酒を呑みすぎた。

 今さらだろうが、衣にたっぷりと臭いが残ってる。

「じゃねーか。大丈夫か……って、泣いてんのかよ」

 ギョッとして泣いているを見る。

 まさか、どこか痛いのだろうか?

「……飛翔様、すみません。ぶつかってしまっただけでなく、助けていただいて」

「おい、ちょっとこっち来い!」

 見ていられなくて、近くの部屋へと引っ張り込む。

 あいつ自身気づいてないが、ひどく傷ついたような表情で泣いていた。

 そんな状態なのを放っておけるわけがない。

「で、何があったんだ?」

 こいつがここまで傷つくのは、鳳珠か百合姫だな。

 飛翔は逸る気持ちを抑えながら、に話すように促す。

 泣いていたはしゃくり上げながら口を開く。

「百合と黎深様が結婚すると」

「何だと?! あいつが結婚? しかも、相手は百合姫かよ」

 何であの二人が?

 舌打ちしたくなったが、がうな垂れたので止めた。

「それだけじゃねーだろ。てめーがそれだけで泣くわけがねえ。さっさと吐きやがれ」

「じ、実は百合、鳳珠様から求婚されていたのです」

 ぶわっっと眦(まなじり)に涙が溜まる。

「百合は鳳珠様と結婚すると思っていたので、私は女官を辞し、実家に帰ろうと」

 何だと?!

 この馬鹿は大方、鳳珠が幸せなら自分は身を引こうなどと考えていたに違いない。

 飛翔は呆れながらも、いつものようにくしゃくしゃとの頭を撫でる。

「お前なー、早とちりしすぎなんだよ。何で決める前に一言相談しねーんだよ」

「私はいつも人に頼りすぎです。これ以上、どうして頼れるでしょうか?」

 人に迷惑をかけたくない。

 手に取るようにの気持ちが分かるが、そんなもの時と場合によるだろ。

 今度こそ、飛翔は舌打ちをした。

「ちっ、言ってろよ。てめー程度が頼っても、オレらは屁でもねーんだ。むしろ、てめーが話さないほうがよけー話がめんどくさくなんだろ」

 嘘の吐けない性格のはすぐに顔に出る。

 数々の失敗談を思い出しのか、涙はピタリと止まって急にあわあわと慌てだした。

「飛翔様、どうしましょう?」

「あ?」

「すでに辞表を出してしまって、明日実家に帰るんです」

「はあ? マジかよ、ありえねぇ。百合姫たちは知ってんのか」

 飛翔の言葉に、は思いっきり目を横に逸らす。

 言ってねぇのかよ!

 内心毒吐き、頭を抱え込みながら、最善を探していく。

「すみません、あの……」

「まさか、まだ何かあるのか?」

 さすがに、飛翔の頬が引きつる。

「実家に帰ったら縁談を受けなければならなくて」

 一瞬、飛翔の頭が真っ白になる。

 縁談だと?

 誰と誰が?

「そうしたら、貴陽にはいられません。百合と鳳珠様と黎深様と悠舜様と……飛翔様とお別れしなくてはなりません。そんなの嫌です」

 お別れ。

 嫁いだなら簡単には会えなくなる。

 の実家がどこかは知らないが、貴陽から出て行き、もう来ることもなくなるだろう。

「――」

 顔を引き締めて名を呼ぶ。

「別れたくないなら、一つ手があるぜ」

「え、本当ですか?」

「ああ」

 今から酷く残酷なことを言う。

 弱っているにつけこむように丸め込もうだなんて……。

 自分の中の罪悪感から逃れるように、わざと咳をして自身を誤魔化す。

「オレと一緒にならねぇか?」

「え?」

 言われた意味が分からないというように。

 一回二回三回四回五回と瞬きをして、真っ青になっていた顔が一気に赤くなっていく。

 やっと飛翔の言葉の意味が分かったのか、伺うように上目遣いで見てくる。

 やべ、可愛い。

 内心の動揺を悟られないように、早口で言葉を足す。

「言っとくが、オレはてめーが好きだ。鳳珠の野郎を思っているお前を含めてな」

 柄にもないこと言ってんな。

 薄っすらと赤くなっている飛翔だが、幸いなことにのほうが真っ赤になっている。

「う、ううう嘘ですよ! だって、だって……」

 何か言おうと口を開き、不思議そうに首を傾げる。

 そんなを見て、飛翔のほうはやりきれない思いでいっぱいだ。

 人の一世一代の告白を信じてないなんて……。

 がっくりとうな垂れる。

「あのなぁ。、お前信じてないだろ」

「はい!……あ」

 思いっきり返事をしてくれる。

 からかっているだけだと思っていたのだろうか。

 飛翔はいい加減、ふつふつと怒りがわいてきた。

「第一、てめーは鳳珠しか見てなかったろ。オレが誰のためにいつも相談に乗っていたと思いやがる。好きな女のため――それだけだぜ」

 キョトンとの目が見開かれる。

「相談って皆にもしていたんじゃなかったんですか?」

「誰がそんなめんどくせーこと。一人にだけで十分だろ」

 そうだな、お前は鈍感だった。

 いい意味でも悪い意味でもな。

「返事ははどーなんだ? 明日出て行くなら、今答えるしかねーぞ」

 本当にオレは汚いな。

 の心を量っている。

 家に帰って知らない男と結婚するか。

 知っている自分と結婚し、鳳珠のいるこの貴陽に残るか。

 飛翔は戸惑っているをジッと見る。

 その表情が面白いくらいクルクルと変わっていく。

 困ったように眉を寄せ、頬が緩み笑い、それがしおしおと萎んでいき、最後は、泣きそうになって止まった。

「――飛翔様」

 の腹が決まったようだ。

「私は鳳珠様が好きです。これから先も、ずっと私の中であの方が一番です」

 ああ、終わった。

 汚い手を使ったから罰があたったんだ。

 沈んでいく飛翔にが最後の言葉を言う。

「それでも宜しいのなら、私は飛翔様のお傍にいたいです」

 張り詰め震えた声が耳に届く。

 飛翔様のお傍にいたいです。

 の言葉が頭の中で反芻される。

 選ばれた。

 はオレを選んだ!

「ああ、オレの傍にいろ」

 差し伸べた手を小さな手が取る。

 手に入れた。

 が鳳珠を好いていても構わない。

 もはや、にとって鳳珠は一部なのだから、今更そんなこと否定なんかしない。

 二番目でも良かったんだ。

 飛翔は笑みを浮かべる。





再UP2007.9.13





 が出て行くと、何かが飛翔の頭を直撃した。

「ってーな! 誰だ、こんなふざけたことしやがる奴は……」

 足元に転がるのは扇子。

 それだけだが、誰が犯人かなんてすぐに分かった。

「んだよ。文句があるなら口で言えよ、黎深」

 挑発するようにその名を呼ぶ。

「…………」

 無言でいる友人に、飛翔は辛辣(しんらつ)に吐き捨てる。

「言っとくが、選んだのはてめーだぜ?」

 扉からは隠し切れないほどの殺気が漏れ出している。

 それほど怒るのなら態度に出せよ。

 欲しいなら素直に言え。

 百合姫ではなく、に結婚を申し込んでいれば良かったじゃねーか。

 鳳珠の幸せを願うなら頷いただろう。

 それができないのなら、黎深に怒る資格などない。

「馬鹿だな」

 言って飛翔は部屋から出て行く。