貴方が好きなものは、私も好き。

 貴方が嫌いなものは、私も嫌い。

 貴方が得意なものは、私も得意でいたい。

 貴方が興味を示すものは、私も興味を示して。

 いつだって、私の世界は貴方中心に回っている。




「百合、今なんて……」

「わたくしと黎深が結婚する、と言いましたわ」

「嘘っ?!」

 信じられなくて耳を塞ぐ。

「いいえ、嘘ではなくってよ。あら、親友の貴方は喜んでくださらないの?」

 コロコロと笑う百合に、頭の中が真っ白になっていく。

 今、彼女は何て言った?

「鳳珠様はどうしたの?」

 官吏の鳳珠様に黎深様、悠舜様、飛翔様。

 加えて女官の百合。

 仲良しの彼らに時々混ざる私。

 百合が連れてきてくれて、私は初めてあの方と言葉を交わすことができた。

「どうして、黎深様なの?」

 そんなそぶり、今まで見せなかったじゃない。

 それよりも。

「鳳珠様からの求婚を断った……そういうことなの?」

「――っ! 知っていたの?」

 黙って頷く。

 今、口を開けば酷いことを言ってしまう。

「そう、なら、分かるでしょ?」

 何を、とは言わない百合。

 罵りそうになる言葉を飲み込み、私は駆け出した。

 ずるい、ずるい、ずるい!!

 噛み締めた唇から血の味がして。

 ひどい、ひどい、ひどい!!

 涙は引っ切り無しに溢れる。

 ドン!

 注意力が落ちていた私は誰かにぶつかってしまった。

 強い衝撃に体が後ろに倒れる。

 このまま頭を打って……そんな考えが浮かんでいると、手首を取られて引っ張られた。

 ポスッと相手の胸に抱かれ、衣に染み付いた香りはお酒の臭い。

じぇねーか。大丈夫か……って、泣いてんのかよ」

「……飛翔様、すみません。ぶつかってしまっただけでなく、助けていただいて」

「おい、ちょっとこっち来い!」

 問答無用で近くの部屋に放り込まれた。

「で、何があったんだ?」

 黎深様とも鳳珠様とも仲の良い方だから、もう結婚のことを知っているかもしれない。

「百合が黎深様と結婚すると」


「何だと?! あいつが結婚? しかも、相手は百合姫かよ」

 ああ、しまった。

 知らなかったみたいだ。

 がっくりとうな垂れる私に先を話すよう促す。

「それだけじゃねーだろ。てめーがそれだけで泣くわけがねえ。さっさと吐きやがれ」

「じ、実は百合、鳳珠様から求婚されていたのです」

 だから、私、私は……。

「百合は鳳珠様と結婚すると思っていたので、私は女官を辞し、実家に帰ろうと」

 鳳珠様の相手が百合なら我慢できる。

 あの方が幸せなら、それを私が祝うのは当たり前。

 だから。

 この溢れる思いを打ち切るために、貴陽から離れることにした。

「お前なー、早とちりしすぎなんだよ。何で決める前に一言相談しねーんだよ」

 いつものように、くしゃくしゃと頭を撫でてくれる。

「私はいつも人に頼りすぎです。これ以上、どうして頼れるでしょうか?」

 大した能力も無く器量もパッとしなく、平々凡々の私。

 抜きん出たこと一つない私が頼った相手に何を返せるだろうか?

 これ以上、迷惑をかけたくない。

「ちっ、言ってろよ。てめー程度が頼っても、オレらは屁でもねーんだ。むしろ、てめーが話さないほうがよけー話がめんどくさくなんだろ」

――ううっ、そうかもしれない。

 あのときやそのときも、後になって思えば話していれば大した問題にはならなかった。

 が――んと打ちひしがれる私は、昔から全然成長してないのかもしれない。

「飛翔様、どうしましょう?」

「あ?」

「すでに辞表を出してしまって、明日実家に帰るんです」

「はあ? マジかよ、ありえねぇ。百合姫たちは知ってんのか」

 ふいっと横に目を逸らす。

 いよいよ飛翔様は頭を抱えてしまった。

「すみません、あの……」

「まさか、まだ何かあるのか?」

 頬を引きつらせる飛翔様に頷く。

「実家に帰ったら縁談を受けなければならなくて」

 両親は私を官吏の誰かと結婚させるために女官にさせた。

 私の家はハッキリ言って裕福ではない。

 無いお金を叩(はた)いて送ったのに、誰も射落とせずに出戻ったら……。

 幸い、とある貴族の方から求婚が来ているらしい。

 私に拒否権は無いから、その方と纏めるつもりなんだろう。

「そうしたら、貴陽にはいられません。百合と鳳珠様と黎深様と悠舜様と……飛翔様とお別れしなくてはなりません。そんなの嫌です」

 本当に私は馬鹿だ。

 相談しなかったばっかりに全て終わってしまうではないか。

「――

 名を呼ばれて顔を上げると、いつになく真剣な表情をしている飛翔様に胸が跳ねる。

「別れたくないなら、一つ手があるぜ」

「え、本当ですか?」

「ああ」

 コホンと咳をして。

「オレと一緒にならねぇか?」

「え?」

 一回二回三回四回五回と瞬きをして。

 今、飛翔様はなんておっしゃった?

『オレと一緒にならねぇか?』って言ったよね?

――それって、つまり……?

「言っとくが、オレはてめーが好きだ。鳳珠の野郎を思っているお前を含めてな」

 う、うええええ――――――?!

 ひ、飛翔様が私のことを、す、好きなんて。

 一瞬のうちに顔が熱くなる。

「う、ううう嘘ですよ! だって、だって……」

 そんなそぶり一度だって見せたことは無い。

 いつだってお酒を呑んで、隙あらばお酒を呑んで、お酒を呑まない日なんかなくて。

 あれ?

 お酒しか出てこない?

 不思議だと思っていると、飛翔様が大きなため息を吐いた。

「あのなぁ。、お前信じてないだろ」

「はい!……あ」

 思い切り返事をしてしまった。

 だって、本当にからかっているだけだと思ったんだもん。

「第一、てめーは鳳珠しか見てなかったろ。オレが誰のためにいつも相談に乗っていたと思いやがる。好きな女のため――それだけだぜ」

 えっと〜、あれれ?

「相談って皆にもしていたんじゃなかったんですか?」

「誰がそんなめんどくせーこと。
一人にだけで十分だろ」

 わ、私だけだったの?

 てっきり、皆にだと思って勘違いしてた。

「返事はどーなんだ? 明日出て行くなら、今答えるしかねーぞ」

……う、そうだ。

 どうしよう?

 飛翔様は嫌いじゃない。

 むしろ、好き……だと思う。

 いつだって助けてくれたし、優しいし。

 でも、本当に私なんかでいいのだろうか?

 飛翔様は国試を上位及第した将来有望の方。

 対して、私は平々凡々な女。

 ダメじゃない、釣り合わないよ。

 飛翔様ならもっと良いところのお嬢様のほうがいいわ。

 断ったほうがいいよね。

 でも、そうしたら、百合と鳳珠様たちと離れなくてはいけない。

 実家に帰って知らない人と結婚し、貴陽に来ることも無くそこで一生を過ごす。

 傍には、もう手を差し伸べてくれる飛翔様はいない。

 考えるだけで頭の中が真っ白になってくる。

 そんなの、そんな人生嫌だ!

「――飛翔様」

 甘えてはいけない。

 けど。

「私は鳳珠様が好きです。これから先も、ずっと私の中であの方が一番です」

 もしも、こんな私でも受け入れてくれるのなら。

「それでも宜しいのなら、私は飛翔様のお傍にいたいです」

 わがままなのは十分承知している。

 飛翔様が嫌がるのなら、私は大人しく実家に帰って求婚を受け入れよう。

 恐る恐る見上げると。

「ああ。オレの傍にいろ」

 差し伸べてくれた力強い手を取る。

 私は欲張りだから失うことが怖い。

 飛翔様の温かい手も、相談に乗ってくれる人の良いところも、見かけたら声をかけてくれる気さくさも。

 私ではない誰かに向けられるのは耐えられない。

 想像するだけで恐ろしい。

 いつまでも、この手が私に差し伸べられなければ……あれ?

 何だが、それって恋と似ている?

 私の一番は鳳珠様。

 だけど、好きなのはきっと……。



修正2007.1.19


 が出て行くと、何かが飛翔の頭を直撃した。

「ってーな! 誰だ、こんなふざけたことしやがる奴は……」

 足元に転がるのは扇子。

 それだけだが、誰が犯人かなんてすぐに分かる。

「んだよ。文句があるなら口で言えよ、黎深」

「…………」

「言っとくが、選んだのはてめーだぜ?」

 扉からは隠し切れないほどの殺気が漏れ出している。

「馬鹿だな」

 言って飛翔は部屋から出て行く。

 残されたのは投げつけられた扇子と、激しいまでの怒りの感情だけ。