自惚れていたわけではない。 自分が誰よりも強いなどと思っていたことなどない。 ただ、小さい頃よりは負けなくなっただけだ。 呼吸を整え、落ち着くように長く息を吐く。 『……ありません』 キーボードを叩く手に力が入ってしまう。 動揺していたせいか、口から出てきたのは母国語。 日本に来てからは叔母が嫌がるため、極力話さないように気をつけていたのに。 指を滑らし、文章を打つ。 アナタハプロデスカ? 返事は返ってこなかった。 これ以上、ネット碁をやる気になれなくて、ベッドの上に寝転ぶ。 悔しい! 悔しくて堪らない。 沸々とわきあがってくる感情が制御できない。 引退はしたが毎日のネット碁に、たまに打つ友人との対局。 自分の腕は落ちてはいない。 前よりも強くなった気でいたのに、一目差で負けた。 死力を尽くし、全力を出し切り、コンディションも悪くなく、むしろ良いとさえ言えた。 ――なのに、負けた、 対戦相手の名は。 「sai」 悔しい。 悔しい、悔しい、悔しい! 天井を睨みつける。 あのとき、あそこでなく、あっちに打っていれば……。 負けはしなかったのか? 本当に? 『いや、違います』 認めなくてはいけない。 負けたのは。 『自分が弱いからです』 認めて次にすることは、こうやってベッドに横たわっていることか? 問いかけて起き上がる。 立ち止まっていてはいけない。 もっと碁を打ち、強くなろう。 そうすれば、『次』は負けない。 はもう一度パソコンの前に座る。 さらなる高みを目指すために。 saiは自分の友人に憑いている幽霊で『次』などないのだが、このときのは知るよしもなかった。 2009.3.1 |