「それは世間一般に言う恋じゃないんですか?」

 こい。

 聞きなれない単語に目を瞬かせ、意味を考えてみる。

 故意、請い、乞い、来い、濃い、鯉……恋?

 恋、恋か。

 幼い頃から碁一筋だったは、恋というものをしたことがなかった。




 休日、新しく見つけた碁会所に行く途中に見てしまった。

 奈瀬と楽しそうに談笑する眼鏡をかけた男を。

 チクリと胸が痛み出し、スーと血の気が引いてきて足早にその場を離れた。

 何故かひどくイラつき、哀しくて落ち込み、碁を打つ気さえ失せてしまった。

 の中の一番は碁だけだったのに、打つ気が失せるなんてあったことがなかった。

 碁さえあれば、それでよかった。

 四六時中打ちたいと思っていたのに、打てない……打つ気がなくなるなんて信じられない。

 考えるだけで億劫になる。

 始めての感情にどうしていいか分からない。

 目の前が真っ暗になっていく。

 いつからだろうか?

 自分は変わってしまった。

 両親が死んで叔母が迎えに来て日本に住み、奈瀬と出会ってからおかしくなった。

 こんなにも心が乱されてしまうなんて、両親が死んだとき以来だ。

 真っ青な顔でフラフラと歩くの視界に、見慣れたオカッパ頭が飛び込んでくる。

「……アキラ君?」

 思わず漏らした声に、オカッパ頭が振り返る。

……さん? 丁度良かった、これから一局打ちませんか?」

 にこやかな表情のアキラが駆け寄ってくる。

 彼はの友人で、最も仲が良い。

 アキラにならこの訳の分からない変な感情の原因が分かるかもしれない。

「その前にちょっと相談に乗ってもらえませんか?」

 中国で育ったは、日本のことで分からないことがあるとよくアキラを頼っている。

 一番は姉だが、姉に聞けないことはアキラに聞いている。

 彼は真面目だし、自分の悩みを茶化さずに親身になって聞いてくれる。

 それに、いつもキチンとした答えを出してくれる。

 近くの喫茶店に入ると、さっそくは話し始めた。




「恋……ですか?」

 キョトンと聞き返すに、神妙な顔つきでアキラが頷く。

 こんなことでアキラが嘘を吐くはずがない。

 そうか、コレが恋なんだ。

 ストンとアキラの言葉が、の胸の中に落ちてくる。

 奈瀬が好き。

 好きなんだ。

 そう自覚した途端、顔が熱くなってくる。




 自覚をしたが奈瀬に思いを伝えるのは、まだまだ先のことである。




2007.4.21