見知らぬ女性が林の目の前に立っていた。

「貴方がリンね。兄さんにそっくりだから、すぐに分かったわ」

 家族以外ではめったに使わない言葉を聞いた。

 この女性は日本人なんだろう。

 そう言えばどことなく父親に似ている。

 写真でしか見たことがないが、日本にいるという父親の妹なのかもしれない。

 兄さんと言っていたし。

「私は貴方の叔母です。貴方を引き取るために、日本から来ました」

 日本は父親の故郷だ。

 一度も行ったことがなかったので、林もいつか行ってみたいと思っていた。

「自分を引き取る……ですか?」

 十二歳の林は未成年だ。

 親戚が引き取るだろうことは分かっていたが、なぜ日本の全く会ったこともない叔母なのだろうか。

 林の仕事上、中国にいる親戚のほうがいい。

 半分日本人の血が混じっているとはいえ、成人するまでは名目上でも保護者でいてくれればいい。

 彼らと仲が良いとは言えないが、そこまで林たちを嫌ってはいなかった。

「ええ、そうです。貴方は私の養子となり、日本で暮らしてもらいます。もう、手続きはしてあります」

 そう言って手紙を差し出してきた。

 目を通すと、林の父親の字で何かあった場合は妹に任せると書いてある。

 なるほど、これは遺言状といえるだろう。

 母親のサインもしてある。

「早く荷造りをして。明日には中国を発ちます」

 ハンマーで頭を殴られたような衝撃が林を襲う。

 今、この人は何て言った?

 呆然と立ち尽くす。

 何もかも唐突すぎだ。

 両親が事故で死んだ。

 林は夢かと思った。

 親戚の人が仕切ってくれて、葬式が行われた。

 林は意識を保つのがやっとだった。

 父親が著名な人だったため、たくさんの人たちが来てくれた。

 林は悲しくて涙が枯れるほど泣いた。

 そこに、林の叔母を名乗る女性が現れた。

 貴方を引き取る、と。

 必要な手続きは済んでいる。

 兄から頼まれている。

 さあ、この手を取りなさい。

 拒否は許さない。

 林に選択の余地はない。

「一つだけ約束なさい。今後、囲碁をやらない、と」

 希望を奪われた。

 林にとって囲碁は大切なものだ。

 生活の一部になっている。

 否、と唱えたい。

「私は囲碁が嫌いです。それさえ守れば、何をしても構いません」

 勉強ができなくても怒らない。

 習いたいことがあれば、お金は惜しまない。

 お小遣いも毎月あげる。

 私立の学校に行きたければ、精一杯助力しよう。

 大学だって留年しても卒業するまで払う。

 だけど、囲碁だけは駄目だ。

 強い口調で告げる叔母の目は暗い。

「準備をしなさい。早く日本へ帰りましょう」

 父親の面影のある顔で命じる。

 林に逆らえるわけがなかった。





2006.12.7